キミを離せない
□キミを離せない〜8
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収録が終わり、スタッフさん達との打ち合わせも予定より早く終わった。
夢莉は待っていてくれてるんやろうかと大きな不安に駆られてダッシュで楽屋に戻った。
扉を開けると、私の荷物の近くでちょっこり座って待っている夢莉がいた。今日来た時は私の荷物の近くじゃなかったのに、今は私のために待っていてくれていたんやと頬が少し緩んだ。
彩「おまたせ…!」
『なんでそんなに前髪荒れてるんですか笑』
彩「へへ、はよ会いたくて」
その言葉でちょっぴり照れたみたいで、夢莉の耳が赤くなった。
彩「帰ろ!」
今までで一番弾んだ声が出た。
帰り道では、最近何があったのか…なんて夢莉に聞いたけれど、夢莉は私に何も聞かなかった。聞かれたら困るから少しホッとする自分がいるけれど、それでもやっぱり聞いて欲しいと思ったりもする。もう全部知っているから聞かないんやろか…なんて1人でグズグズ悩みながら帰路に着いた。
『お邪魔します…』
扉を開けて中に入るように促すと、おずおずと夢莉は入っていった。
彩「今日は家族みんな出かけてるから誰もおらんで」
『あっ、、はい…』
彩「ゆっくりしよや」
『…そうですね』
前はこんなに離れていなかった。心の距離が、遠い。そんな気がした。
彩「私の部屋行こ」
『…はい』
彩「お茶でええ?」
『…はい』
彩「…床やけど、クッション使ってゆっくりしてな」
『…はい』
彩「…」
何を話せばいいのか分からない。
やって、夢莉は“はい”しか言わへんし…
気まずい空気が流れた。すると、ふいに夢莉が口を開いた。
『…これ、彩さんですか?』
彩「え、ぁあ。そうやで」
飾ってあった小さい頃の写真。
『かわいいですね、、昔も今も』
彩「え………ふはっ、なんでそんな真顔で言うねん笑」
『すみません笑…つい』
彩「今も可愛いって思ってくれてるんやな…?」
にやにやしながら夢莉に聞いてみた。
『……当たり前じゃないですか…』
また照れたように話すから、嬉しいのと愛しいとが混ざりあって心がふわふわする。なんだか変な感じだ。
彩「…夢莉、ぎゅってしてもいい?」
ずっと我慢していたものが、耐えられなくなって口から滑りでた。
『ふふっ、いいですよ。…彩さん』
いつもとは違う、なんだか色っぽい声で私の名前を呼んだから、キュンとした。
…夢莉はちゃんと好きでいてくれたんだ。声色でそう感じた。
彩「…夢莉、好き」
背中の後ろに回してある腕にぎゅうっと力を込めた。…このままこうしてたいな。
夢莉の思ったよりもある筋肉を肌で感じ、昔の思い出が蘇ってくるようだった。そういえば、付き合いたての頃も…こうやってハグしまくってたなあ、、、
なんて久しぶりの幸せに浸っていると、
ドサッ
急に夢莉に組み敷かれた。
彩「え…夢莉?」
何かを伝えようとしているけど、上手く言葉が出てこないみたいで、視線もきょろきょろ動いている。
彩「…夢莉?ゆっくりでええよ」
そう言うと、口をきゅっと結び、意を決したのか真っ直ぐに見つめてきて、こう言った。
『私も…好き、です。さやかちゃん…』
さやかちゃん…なんて今まで呼んだことないのに。急なちゃん付けに戸惑った。そしてそれと同時に、アイツの言葉が一瞬で脳内を駆け巡った。
“好きやで、彩ちゃん”
…………美優、紀…
いやらしい手つきで私の身体をまさぐる白い手。全てを見透かしているかのような瞳。何を考えているのか分からない表情に時折ニヤリと笑うピンク色の唇。やめてと叫んでも口を抑えられ、誰にも届くことのない悲痛が私の中に堕ちていく感覚がゾワリと音を立てて蘇った。
慌てて現実に意識を戻すと、夢莉がゆっくりと顔を近づけてきていた。
…や、、めて
来ないで…………
私の中で
夢莉と
美優紀が
重なってしまった。
彩「や、ッ…!!」
ドンッ
目の前には突き飛ばされて目を見開いた夢莉が私を見つめている。そして、サッと私から目を逸らした。
『っすみません……あの、用事が、あるので、、帰ります』
待って…
ちがうの………
待ってや、夢莉…!
彩「ちがっ、」
バタバタバタッ
その場から逃げるようにして、夢莉は私の前から消えた。
夢莉を傷つけた。
どうしようもないほどに、深く、深く…傷つけてしまった。
夢莉を拒んだわけじゃない。一瞬、私の嫌いなアイツの顔が、、、見えてしまったんだ。
でも、夢莉からしたら…拒まれたと思うわけで。
行き場のない怒りが湧き上がってきて、拳をぎゅっと握りしめた。
…なんでこうなってしもたん。
…なんで、、、
これも全て……アイツのせいや。
彩「ア゙ア゙ッ、くそっ!!!」
今の私には、夢莉を追いかけることが出来なかった。どんな顔で会えばいいのか分からない。どんな言葉をかけたらいいのかも分からない。
…だけど、あの時…追いかけていれば良かった、って後悔しても遅いんだ。