キミを離せない

□キミを離せない〜8
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とある収録の日。


その日は美優紀がいなかった。別の個人での仕事があるらしい。
いつも隣におる美優紀がおらんくなって、今日は独りだった。

あれ、、、美優紀に弱みを握られる前、私は何をしてたんやっけ。誰と一緒におったんやっけ。

突然、元の生活に戻って心の中がざわついていた。…落ち着かへん。

そういえば、夢莉は何してるやろうか。いつも目を向けていなかったところに視線をやる。久しぶりにしっかりと見つめた先の夢莉は朱里と楽しそうに笑っていた。

ぎゅう…っと、何かが私の心臓を掴む。

どうして夢莉の隣におるのは私やなくて朱里なのか。私は夢莉の笑顔をいつぶりに見た…?

本当に好きな人を目の前にすると、こんな気持ちになるんだ、とこの心臓が物語っていた。

急に夢莉を愛しく感じて、すぐそばに寄って抱きしめたくなる。だけど、私にそんなことをする資格はあるんだろうか、と一瞬自分の中で待ったがかかったが、今はそんなことどうでもいいんだ、と私は夢莉のそばへと近づいていた。

彩「夢莉…」

『…え、ぁ』

夢莉は驚いた顔をした。なんで声をかけてきたんだ、って。なんで今更近寄ってきたのか、って。そんな顔をしている気がした。

私はそっと手を伸ばし、久しぶりに夢莉に触れた。

彩「…」

私は黙って頭を撫でる。

ふわふわでさらさらの髪。そっと触れたら夢莉は猫みたいに目を細めて笑った。極寒の中に閉じ込められ、今まで冷えきっていた心がじんわりと溶け始めたみたいだ。
夢莉はまだ何も言わない。ただ、微笑みかけてくるだけ。

彩「夢莉」

何日ぶりかに目を見ながら声に出したその名前は、しっかりと夢莉の耳に届いた。

『…はい、彩さん……どうかしました…?』

まんまるの瞳に私が映った。






彩「今日、家に来おへんか?」



考えるよりも先に口が動いていた。
今初めて夢莉を家に誘った。初めて出来た彼女を家に呼ぶ男子高校生ってこんな感じなんやろな。…めっちゃドキドキしてる。

当の本人の夢莉は分かりやすくビックリしていた。…突然すぎた?

いや、誘った私でさえ内心ビックリしてるんやから、そらそうよな…

私は先程まで朱里が座っていた椅子に座る。そして、夢莉の胸元で輝いているネックレスに触れた。


彩「…好きやから…夢莉のことが好きやから…もっと一緒におりたいねん……あかん…?」


少し声が震えた。


『……いいんですか?私で』

夢莉は
俯いてそう言った。その言葉には、“私なんか”でいいんですか?という意味が含まれていることを悟った。そう言わせてしまったことに、そう思わせていることに、罪悪感では言い表せない何かが私の心を締め付ける。


彩「…なんでや、私の彼女や…ろ?」


震えてはいけないのに。絶対に怯んではいけないのに。こんなことで動揺したらバレてしまうのに。


私の弱さが見え見えだ。




『…じゃあ、、お邪魔します…』

顔をあげた夢莉はそう答えた。一瞬なんとも言えないすこし困ったような顔をしていたのを私は見逃さなかった。



彩「……ほんまに、いいん?」

『ふふっ、はい。行かせていただきます』


さっきの表情を感じさせないような明るい声でそう答えてくれた。



美優紀がいない今…私たちはこの深くて広い溝を埋めなければならない。

…頑張らんと。



でもやっぱり夢莉が家に来るんだと考えるだけで、ドキドキして楽しみの気持ちが底から湧き上がってくる。


好きな人のパワーって計り知れへんなぁ…と、心の中で呟いた。




私の心はピンク色に染まりはじめ、春を迎えようとしている。
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