第一部 … voyage

□ローグタウン
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かちゃり、かちゃり。

ガラスのぶつかる音と、水の流れる音だけがキッチンに響く。私が皿を洗い、サンジがそれを乾燥棚に閉まっていく。言葉は交わさずに黙々とその作業を続けて何分経っただろう。きっと、全然時計の針は進んでいないだろう。
私がこの船に落ちてきて、何日か過ぎた。皆とは何かと仲良くなって、元からのコミュニケーション能力の高さに感謝する他ない。知っていたけど、この一味は突然落ちてきた私に嫌な顔せず優しく接してくれて、…ゾロは別だけど、優し過ぎて損をしているのでは無いかと疑ってしまう。本当に家族みたいだな、と感じる反面、私が元いた世界の両親が横切る。寂しいと言ってしまえば、凄く寂しい。今はこの船に乗ってその寂しさも紛らわせる事が出来ているけど、ローグタウンに着いたら私は一人になる。たった、一人。誰にも頼ることが出来ない。本当の本当に自分で生きていくしか道はなくなる。
…図々しいのは分かってる。この一味がローグタウンを過ぎてから、どんなに過酷な道を進むのも私は大体知っているつもり。だから、なんにも出来ない私が居てもただのお荷物、迷惑になるだけなのなんて目に見えてるのに、離れたくない、ここに居たい、さよならしたくないなんて気持ちが芽生えて。

ガシャーンッ!

「あっ、」

残りたい、だけど迷惑になるから下りないと。矛盾している二つの気持ちに集中していると、皿を洗っている手元がおぼついて落としてしまった。
いけない、大事なお皿なのに。急いで床へとしゃがみ破片を拾うため、破片に伸ばしかけた手が一回りくらい大きくて温かい手に包まれた。反射的に顔を上げると、優しく微笑んでるサンジと目が合った。

「なまえちゃんの綺麗な手が傷付いちまう。俺がやるよ」

いつも通りさらりと女性がときめく台詞を吐いて、散らばった破片を拾っていく。今はそんな口説き文句にさえ、涙腺が震えてしまう。ローグタウンに着けば皆とはお別れ。ルフィの突飛な言葉も、聞き慣れたナミの怒鳴り声にも、手摺に凭れて眠るゾロのいびき、ウソップの新しいパチンコ技の発明の音、サンジのこの、こなれた口説き文句だって、全部全部聞けなくなっちゃうんだ。

「…なぁ、なまえちゃん」

沈みかけた顔が、サンジの柔らかくて優しい声に助けられて、上がった。この人の一回り大きくて温かい手が私の頭に置かれた瞬間、酷い顔をしていたんだなと、思った。

「船を離れたくなきゃ、そう言ってくれていいんだ。俺達全員、迷惑なんて思ってねぇさ。この船ァなまえちゃんが下りると、きっと沈んじまうくらい皆落ち込みそうだからな」

頭の上の手がゆっくり、ゆっくり髪を撫でる。今まで悩んで、重くなっていた気持ちが、掌が動く度にどんどん軽くなっている気がする。私の中で、一味の皆は大切な存在になっていた。ねぇ、私も皆の中で、大切な存在になってるって、…思っても、いいのかな。

「ま、決めるのはなまえちゃんだ。俺達が口出しできる事じゃねぇ。…まだ時間はあんだ。ゆっくり、じっくり考えてみな」

考えるまでもなく、私の中では答えが出ていた。でも、だけど、こんな私が居て、皆の役に立つ事も出来ない気がして、そんな思いが後ろ髪を引く。

「…ううん、ありがとう。…ふふ、サンジは格好いいね」

「おっ、惚れてもいいんだぜ?マドモアゼル」

だけど今は、今だけはそんな気持ちに蓋をして。今度はキッチンに、ひとつ、ふたつ、声が漏れだした。その声は楽しげにキッチンに響いた。










「…俺、なまえの事手放したくねぇ」

「まぁ、……全部、あの子が決めることよ」

「ローグタウンまでもう少し、か…」

「っはは、俺達ァ全員重症ってワケだ」
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