第一部 … voyage

□ウィスキーピーク
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「…月が綺麗だ、」

一人海辺に座りながら、空を見上げて何分経っただろう。宴の席をお手洗いに行くって理由で抜けて来たから、絶対に遅いって思われてるだろうな。でも更々戻る気は無い。わざわざ殺されに行くなんて、嫌。ゾロが全員倒してくれるの分かってるけど、分かってるんだけど…なんか、落ち着かないから出てきた。普通に寝ている方が安全だったかもしれない。…今頃、皆寝てるかな。そしたら住人さんたちは居ないって事だから、こっそり戻って寝た振りしておこうかな。

「おい、女が一人居たぞ!」

突然に、男性の野太い声が背後から降り掛かった。思わず首を捻って後ろを確かめると、剣を持った男の人が一人、立っていた。頭の中で身の危険を知らせるサイレンが鳴り響く。うるさく、うるさく。殆ど考える暇もなく、反射的に立ち上がる。構えを取ったって、何が出来るわけでもない。戦えないし、攻撃を避ける事さえ出来ないかもしれない。最悪、ここで死ぬ事さえある。死にたくないって思っても、男性の周りには沢山の住人達が集まって来た。これで生存確率がぐっと下がった。怖い、怖い。死にたくないのに、脚が動かない。

「一人で抜け出して、戻って来ねぇと思ったら…俺たちに気付いてたのか?どっちにしろ、お前は死ぬ運命だ!!!」

「っ、や、いやあああああっ!!!」

私に構わず先人切って男性が剣を振り翳した。それに続いて後ろの住人達も襲い掛かってくる。気付いていたよ、私知ってるもの。だから、ここに来たのに。どっちにしろ、死んじゃうんだ、…いや、やだ、死にたくない死にたくない死にたくない!!!やめて、やめて!
次に来る痛みに、備えた。ぎゅう、と固く目を瞑って痛みに耐え…ようとした。だけど、その痛みは来なかった。おかしい。切られた感覚も、血が流れる感触も無い。恐る恐る開いた瞳に映った景色に、言葉が詰まった。

______全員が、固まっていた。

「っ動かねぇ?!」

目の前で剣を振り翳したまま止まった男性は心底驚いて、住人達も同じだった。何か分かんないけど、た、助かったの?…よ、よかった。へにゃりと腰が抜けそうになった、その時。

「うぎゃっ?!?!」

顔のすぐ前を剣が横切った。それと同時に、オフショルダーのニットシャツが鋭い剣によってまっぷたつに裂かれた。う、う、嘘でしょ…?!さっきまで止まってたの、ずっとじゃないの?!ものの五秒くらいだったよ?!幾ら何でも短過ぎだよ!!
一人下着が顕になった胸元に手を当てばくばくと鳴り止まない心臓を抑えている中、私に敵意を向けていた人達は何が起こったから分からないままキョロキョロしてる。このまま帰りたい、逃げたい。気付かれないうちに、消えてしまいたい。

「っなまえ!!」

ふと、住人達の後ろの路地から聞きなれた声がした。人と人との間を縫い、視線を寄越してみればそこには、緑のマリモ王子。

「ま、マリモ王子〜っ!!」

「ぶちのめされてぇのかテメェは!!」

い、いけない。感極まって本音が漏れちゃった。慌てて口を抑えて「ゾロ」と訂正して声を掛けながら何故いるのかと思い首を傾げる。すると彼の口からは「お前の声が聞こえたからだ」と吐かれた。あれ、ゾロってこんなに格好良かった?気のせいだ、何度目を擦っても仏頂面のまま。

「今行くから、そこでじっとしてろ」

緑色の彼はそう言うと、刀を両手に持ち、最後の一本を口に咥えた。その後は手が早い。三秒も立たないうちに、私の元へと辿り着いた。

「お、おぉ〜…!」

「で、何でオメェはここにいんだ。小便行ってたんだろーがよ」

しょっ、…!!女の子名前で!小便とは!!何事か!!!少しはサンジのジェントルマン見習って欲しいな!!ゾロさん!!

「戻る気になれなかったから、月見てたの!」

「何怒ってんだよ。……つか、それどうにかしろ」

ゴツゴツとした男らしい手がこちらを指した。その先を追えば、私の下着が顕になった胸元に辿り着く。男の人の前で下着なんて見せた事の無い私にとって、それはとてつもない恥辱で。今までの人生で最速のスピードでしゃがみ込む。顔が熱い、日が吹き出そうだ。

「へ、へ、へんた、」

「んな格好してるおめーが悪ぃんだよ!!」

「あっち向いてよばか、っうぶ!」

段々と目尻に涙が溜まってくる。それでも構わずにゾロを罵倒しようとした時、ばさりとなにか白い布が頭から被せられた。何これ、汗臭い。

「…気休めだろーが、それ着てりゃ問題ねぇだろ」

「ろ、露出狂…!!」

「よーし今すぐ立て切り殺す」



そんな汗臭い布の正体は、ゾロの着ていた白いティーシャツだった。
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