そらもよう
□秋旻
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「たっだいまー!」
学校が終わってそのまま支部へ直行すると、玄関にはすでに沢山の靴が並んでいた。
もうこの光景も見慣れたな〜なんて思いながら靴を脱ぎ、そのまま階段を下りて地下のトレーニングルームへと直行。たぶん、早速師匠さん達が弟子を鍛えているところかな。
ドアを開けると、そこでは栞が一人モニターをじっくり眺めていた。
「やっほ〜栞。みんなどんな感じよ?」
「今ちょうど訓練が始まったとこだよ」
後ろから肩に圧し掛かるようにそう問いかければ、栞はおかえり、と告げてから答えてくれた。
カタカタとキーボードを操作すると、モニターには3つの画面が映し出される。空閑君と小南、レイジさんと千佳ちゃん、三雲君ととりまるがそれぞれ訓練を進めている様子だ。
「ほうほう、この組み合わせなんだね」
「うん。それぞれの得意な事をちゃんと分析してみんなで決めたんだよ」
視線は自然と、3つのモニターの中で一段と激しい動きを見せていた空閑君へと吸い寄せられる。今まで空閑君が人に敵意をを向けるような表情をした所を見たことがなかったせいなのか。初めて戦う彼の顔を見て、素直にかっこいい、と思った。
……こんな顔、するんだ。
モニターをじっと見つめていたせいで色々と栞が説明をしてくれていても、ふ〜ん、と出た声は思っていたよりも空返事になってしまう。
……見た感じ空閑君がアタッカー、三雲君がシューター、千佳ちゃんがスナイパーってところらしい。
空閑君はもともとあっちで鍛えられた戦闘センスがあるので、こっちのトリガーに慣れることを中心とした訓練らしい。訓練っていうか、もうただただ二人で戦っているだけに見えるけど。
で、千佳ちゃんはスナイパー初心者ってことでまずはとにかく的に当てる練習。
そんで三雲君は……
「……苦戦してるね」
「う〜ん。基礎が出来てないってわけじゃないから、まったく向いてないって事じゃないと思うんだけどね〜」
とりまるも色々と練習メニューを組んでいるみたいだけど、中々うまくは行かないみたい。
……と、ちょうど一区切りついたのか空閑君と小南が部屋から出てきた。
「二人ともおつかれ〜」
「お、日向先輩。おかえりなさい」
見れば空閑君の髪の毛は所々逆立っていて、よほど激しい戦いだったのが伺える。
「どんな感じよ、小南の訓練」
「うん、強いよ、こなみ先輩は」
「あら、大分素直になってきたじゃない、遊真。こいつさっきまで私の事こなみ、って呼び捨てにしてたんだから」
そう言って小南はグリグリと空閑君の脳天に拳をめり込ませる。そんなこと言いながら空閑君の事“遊真”なんて呼んでいるあたり二人はいい師弟関係を築けてるんだろうなと思うと、つい頬が緩んでしまった。
「ねえ、日向先輩もおれと勝負してよ」
「え?」
空閑君は乱れた髪の毛を撫でつけて直しながら、いつものとぼけたような顔でそう私に言った。あの小南から、まだ慣れていないボーダーのトリガーで1点もぎとれる実力がある相手だ。
私に練習相手が務まるのかな。
「いいけど……小南ほど強くないよ?」
「全然いい。いろんな人と戦ってみたいから」
少し遠慮がちに、それでも拒否はせずにそう伝えれば空閑君はニッと笑ってそう答えるので、断るわけには行かない。
「よし!いっちょやるか!」
そうこなくっちゃ、と空閑君は座っていた椅子から飛び上がり、二人駆け足で002号室へと向かった。
「あいつ、休憩しなくていいのかしら」
*
室内に転送されると、私たちはすぐにトリガーを起動させた。私は皐月隊の隊服、空閑君はC級の隊服に身を包んだトリオン体へと換装される。
「ねえ、ただ勝負するだけじゃつまんないから、何か賭けない?」
そう口にする空閑君の表情は、目を細めて相手を見定めるような顔。いつもの幼さが見える笑顔とはまるで対照的な、戦う兵士の顔だった。
さっきモニターで小南に向けられていた表情が、今は自分に向けられている。そう考えると、少し怖いような、わくわくするような不思議な気持ちになった。
「いいけど、何を賭けるの?」
「おれが勝ったら、日向先輩おれのこと名前で呼んでよ」
あんな表情で賭け、なんて言うもんだからどんな要求をされるのか少しハラハラしながらも、あくまで冷静を装ってそう問いかければ返ってきた答えは拍子抜けするものだった。
名前で呼ぶ。そんな簡単な事でいいのか。それなら、とこちらもひとつ提案してみる。
「じゃあ、私が勝ったら空閑君は私の事名前で呼んでね?」
言えば、空閑君は少し口角を上げていいよ、と快諾。まるで私がこの提案をすることを分かっていたようだった。
戦いの余興も決まったところで、空閑君はスコーピオンを手にする。私もそれを見て武器を構えた。
「日向先輩もスコーピオンなんだ」
「そんで両手持ちだから、空閑君と戦闘スタイルは一緒だね」
そう答えると空閑君は微動だにせず、じっと私の目を見つめて不敵な笑みを浮かべる。
「日向先輩、面白い嘘つくね」
「……え」
今まで聞いたことの無い、ひんやりと腹の底から冷えるような声。中身が全て見抜かれるようなその感覚に、私は初めて彼に恐怖を覚えた。
「二人とも準備はいいー?」
緊張感でいっぱいだった室内にそんなことは露も知らない栞の明るい声が響いて、私ははっと意識を取り戻す。向かいにいる空閑君の、獲物の様子を伺うような表情に再び武器を握る手に力が入った。
「はじめ!」
その声と共に、私と空閑君は同時に上空へと飛んだ。行動パターンも一緒なのか。と思ったその時、背後に気配を感じ、私は瞬時にその気配へとスコーピオンを振り下ろす。そのまま体制を崩した私たちは、一旦地上へと降り立った。
「ふむ。気付かれたか」
「一応A級だからね〜。馬鹿にすんなよ〜?」
今度は真正面から空閑君へ突進していく。しかしそれは読まれていたようで、空閑君は体を屈ませながら右へ避けた後、左手のスコーピオンで私の足を狙った。
……が、私の方が早かったようだ。
「戦闘体活動限界、ベイルアウト」
空閑君の体からトリオンが勢いよく噴き出た後無機質な声と共に空閑君の体は消えてしまった。