そらもよう

□秋旻
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 目の前が真っ白になった。と同時に、全身に硬い衝撃が走る。司会に広がる天井を眺めながら、おれは今起こった事を頭の中で整理しようとした。


「……何が起こったんだ?」


 確かに日向先輩の足元にスコーピオンを命中させた、はずだった。しかし正面突破されて自分が避けてから足元への攻撃、その間コンマ数秒でこの通りやられてしまっている。全く見えなかった。
 プツ、とノイズが走る音に意識が引き戻され、ベイルアウトしてからそのまま横たわっていた体を起こす。


「どうした〜空閑君?もう終わり〜?」


 まるで今の自分の状況をお見通しだとでもいうような言い方に、少しだけむっとする。


「そんなわけないじゃん、今行くよ」


 そう答えて再びさっきの部屋へと転送されれば、日向先輩はにやにやしながら待っていた。


「ふっふ〜ん、何が起こったのか分かんなかったでしょ!」


 勝ち誇ったように目をキラキラさせてそう言った日向先輩は、本当に楽しそうだ。一体この純粋な笑顔のどこに、相手の不意を突くような戦闘のトリックが隠されているのか。
 どちらともなく同時に武器を構えて、お互いを見合う。日向先輩は笑顔の印象が強いから、こうして戦う時の真剣な表情は新鮮だななんて、緊迫した状況の中で漠然と思った。
 栞ちゃんのはじめ、の声で意識は現実へと戻ってくる。さて、今度はどうしようかと考えながら間合いをとると、日向先輩も様子見の姿勢を見せた次の瞬間、そのまま正面突破しようとしているのか、真っすぐおれの元へと突っ込んできた。
 普通に考えて、一対一で勝負するときに真正面から突破するのは得策とは言えない、何か裏があるはずだ。おれは視界を広げるため、空中戦に持ち込もうと地面を強く蹴って高く飛んだ。……しかし。


「戦闘体活動限界、ベイルアウト」


 またもや自分の体からトリオンが大量に吹き出し、真っ白な世界へと落ちる。そして気が付けばまたベッドの上だ。
 ……攻撃が全く見えない。まして自分と日向先輩の間合いはさっきよりも離れていたはずだ。倒される直前に見た日向先輩の手元には、間違いなくスコーピオンが握られているのも見えた。一体どんな仕掛けがあるのか。
 再びさっきの部屋へと戻ると、日向先輩は益々にやにやしていて、おれの顔を見るなり吹き出した。


「空閑君顔に出すぎ!そんな難しいもんじゃないって!」

 
 あんまりおかしそうに笑うもんだから、少し面白くないなと思っていると、それが顔に出ていたのか。日向先輩は腹を抱えて笑い出す。
 こうやって分かりやすい、だなんておれの事を笑っているけれど、もっと分かりやすいのは日向先輩の方だ。おれが名前で呼び合う提案をしたのだって、さっき訓練を終えてからのこなみ先輩とのやり取りをあまりにも羨ましそうに見ていたので、もしかしたら名前で呼び合いたいのかな、と思っての事だった。
 そこまで考えて、ふと思い出す。


「早く次やろうよ、陽先輩」


 おれがそう言うと、陽先輩はごめんごめん、と一息ついてから、びく、と体を固まらせる。視線をふよふよと泳がせてから、おれの顔を恐る恐る、といったように見てきた。急に名前で呼んだ事に驚いたのだろうか。約束だろ?と補足説明を加えれば、あ、うん、そうだね!なんて、分かっているのか分かっていないのか曖昧な返事。
 名前で呼ぶだけでこんな反応をくれるなら、陽先輩がおれの名前を呼ぶときにはどんな反応をするんだろう、と単純に興味が湧いた。そう考えると、ますます勝たなきゃいけないなと、スコーピオンを持つ手に力が入る。


「よし、もっかいいきますか!」


 ふう、と落ち着きを取り戻した陽先輩はそう言って武器を構える。
 なにか見える仕掛けは無いかと武器をじっくり眺めてみるも、答えは得られなかった。

 再び栞ちゃんの合図が合図があったと同時に、今度はお互い後ろに下がる。どこから攻撃が来るか分からない今、陽先輩から目を逸らすのは良くない。
 2戦してみて、陽先輩が俺の動きを上手く誘導しているのは分かった。でもそれがどういう意図で、どう都合よく動かされているのかが分からない。無駄な動きは命取りだ。


「お、空閑君、なんか気付いた?」


 間合いを取りながら、見慣れない好戦的な表情を浮かべる陽先輩の顔が目に入る。俺が色々考えながら間合いを調節しているのに対して、あっちはこの試合を楽しい遊び程度にしか思っていない。余裕のある相手を崩すのは難しい。そういう時は、普通の戦いなら逃げるのが得策だけど、今はそうじゃない。おれはじっくり陽先輩を観察しながら、これまでの2戦を思い返した。
 1戦目は背後からの奇襲。全く見えなかった。2戦目は下からの奇襲。距離は離れていた。共通点は、完全に死角をとられていたこと。
 という事は、あえて相手に死角を取らせてトリックを見破るしかない。

 やることは決まった。

 おれは1戦目と同じように陽先輩の真上を取るために高く飛び上がる。ここでさっきはおれが陽先輩の後ろをとろうとしたせいで、自分の視覚から一瞬相手を見失ったせいで死角を取られている事に気が付かなかった。
 おれが飛び上がった瞬間、陽先輩はここで少し位置をずらす事で、上手く俺の視界から逃げる。おれはそうはさせまいと、陽先輩を視界に入れるため上空で体を瞬時に捻った。

 その時だった。

 おれのわずか数mm上をスコーピオンが少し掠める。しかしそれは獲物を捕らえることなく、持ち主の元へと戻っていく。


「……なるほど」


 上空でバランスを少し崩したので片膝をついて地面に降り立ち、その武器を見つめる。


「気付くの早いね〜空閑君」


 相手から見えずに、離れたところまで攻撃できる方法。
 陽先輩が持っているそれは、ブーメランの形をしていた。
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