深夜の酒宴 [文スト]

□其ノ弍
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「今日は久しぶりに麟が帰って来るってさ〜。」

乱歩さんの台詞で探偵事務所は少し浮き足立っていた。

「誰ですか?」

数日前、新しく探偵になった虎になる能力を持つ少年中島敦がクエスチョンマークを浮かべる。

「あー噂は聞いたけど私も知らないな〜。」

一応中島敦の上司にあたる太宰もどうやら知らない人物らしい。それでも興味はあるようで、机から頭を半分覗かせて話に参加してきた。

「そういえばあんた達は知らないんだっけ?だいぶ古株の事務員の子だよ。今日から正式な事務員として復帰すんのさ。」

与謝野さんが横からふっと頭を覗かせ、敦と太宰に説明しつつコーヒーを片手に机に座る。

「古株…?」

中島がまた不思議そうな顔をすると

「探偵社が出来てスグの頃からバイトしててね〜。まあ、…変な奴だね〜」

椅子の背もたれに完全に体重を預けてもたれかかりながら乱歩さんが笑った。

なんか厭な顔だな……

と敦は少し引き攣った笑みを浮かべた。この探偵社でこんな風に言われるのだ。相当な変わり者なんだろう。厭な予感しかしないのは当然だった。

「まあ、実質俺よりも先輩ってことになんのかね。」

唯一きちんと机に向かいパソコンにカタカタと何か打ち込んでいた国木田さんが、頭を上げることなくそう云った。

「へ、へぇー……そんな凄い人が…………。」

国木田の先輩という風に聞いたおかげで、益々不安が募る。敦の心の中では強面のおばさんの姿が完全に出来上がってしまっていた。

「そこまで心配しなくとも、そんな怖い奴じゃないぞ。」

まるで敦の脳内を読んだかの様に返してきた国木田。ビビる敦とは対象に賢治や太宰は楽しそうだ。特に太宰は女性と聞いた為か

「美人な人なら私と心中して……」

くれないかなぁ?といつもの笑みを浮かべた顔で云おうとした時、ガチャッと音を立ててドアが開いた。コツンと靴の音が事務所に響いてくる。

「あのぉ〜お久しぶりです。椎名 麟、今日から復帰致します。」

そう云ってドアから覗いたのは、少し敦より背の低く、想像よりかなり幼い顔立ちの女。話の通りなら少なくとも敦より歳上だと思うのだが……如何しても年下に見える。

セミロングの焦げ茶の髪に大きな目。とても大人しそうな見た目でここの古株なんて先に言われてなきゃ信じてなかっただろう。

「おお、戻ったか。」

国木田がパソコンから少し頭を上げて、来訪者を確認する。目の前の麟は、ニコッと笑って敦の顔を見て

「えーっと…新しく入ってこられた方ですか?」

と訊いてきた。敦は驚きで一瞬呆けていたが、直ぐに思い直して

「あ、はい。中島敦です。よろしくお願いします。」

そう言って頭を下げた。向こうもぺこりと頭を下げて

「椎名 麟です。よろしくお願いします。」

そう言って笑う姿は本当に幼く見えて、なんとも言えない気分だった。暫く固まっていると、横から太宰がにゅっと出てくる。

「うわぁ!?」

思わぬ所から急に太宰が出てきた為、びっくりした敦が若干後ろ仰け反る。

「おぉ、噂通りの愛くるしさだね!どうだい?私と一緒に心中する気はないかな?」

「!!」

その瞬間、さっきまでニコニコしていた筈の麟は太宰さんを見て固まった。ほんの一瞬だったが、近くに居た敦や太宰には伝わる。

怯えている……?必死に隠そうとしているようにも見えるが、顔色が少し悪くなるのが見て取れた。

しかし、それも一瞬で直ぐにニコッと笑い

「…はじめまして、椎名です。心中は出来ればお独り様でどうぞ」

とまるで何も無かったかの様にニコニコと振舞った。

結局言及はしなかった。多分、他の社員も何人かは奇妙な間に気付いただろう。

一体……なんだったんだ?
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