深夜の酒宴 [文スト]

□其ノ拾漆
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「敦君……」

太宰さんの静かな声が聞こえてくる。しかし、次の瞬間パアンと乾いた音がなった。

……え?えぇ?
今何があった?

急だったので、私は一寸(ちょっと)混乱する。太宰さんが敦君の頬を引っぱたいた音だと気づくのに数秒かかった。

「君から過去を取り上げる権利は私には無い。
だが偶には、先輩らしい助言でもしよう。

自分を憐れむな。
自分を憐れめば、人生は終わりなき悪夢だよ。」

太宰さんはずっと静かな口調だった。敦君は涙を止めて、驚いた顔で太宰さんを見つめていた。

「……さあ、そろそろ反撃といこう。此方も手札を切るよ。
三百ある中で一番刳い鬼札をね。

この戦争に政府機関を引き摺りこむ。」

ニッと笑う太宰さん。

「…すみません。カッコつけてる暇があったら早く助けて貰えませんか?」

瓦礫に若干埋まったまま、私は恨めしそうな声で話しかけた。
全く入りづらい雰囲気にしないでいただきたい。

「あ……」

敦君が此方を見て固まる。思った以上に私が瓦礫に囲まれていたので焦ってる様だ。

「……助けて?」

私は何とかか細い声を上げた。

「わっ、あっ、すみません!」

慌てた敦君が凄い勢いで救出に駆けつけてくれる。流石敦君。一瞬にして、私に寄りかかっていた瓦礫は取り除かれ、助け起こされる。

「それと敦君……大変申し訳無いんだけど、拠点まで肩貸して貰えないかな?」

ダルい身体を敦君に預けながらお願いする。
敦君は目を丸くしていた。

というか、お願いする以前に身体に力が入っておらず、私一人では歩けない。つまり、私に選択肢はコレしか無いのだ。

後輩…しかも歳下に頼むとか……
申し訳無いやら情けないやら……

「も、勿論です!
あ、善かったらどうぞ!」

敦君は少しおどおどしながらも、そう云って背を出してくる。

あ、おんぶして頂けるようです。

……死にたい…………

「私と手繋いだら普通に歩けるんじゃない?」

太宰さんがニコニコしながら自分の顔を指差して云う。

私は言葉の意味を理解してから、数秒考える。敦君のおんぶと太宰さんと手を繋ぐを、それぞれ脳内で天秤に掛ける。

どちらで拠点に行く方が良いか…

悩んだが出した結論は

「……敦君で」

太宰さんと手を繋ぐ自分を想像したら、なかなか気味が悪かった。

「はい。判りました!」

敦君は私をおぶって歩き出した。太宰さんは後ろでちぇーと云っているが、無視だ。


「……椎名さん、先程はすみませんでした。」

太宰さん達と若干距離があいた時、敦君が消え入りそうな声で謝った。やっぱり気にしてるよね。

「良いよ、別に気にしなくて。」

「でも…僕のせいで……」

「あーもう、大丈夫だってば。少し与謝野さんに治療して貰えば良いだけ……」

そこまで云って自分で自分の云った台詞に戦慄した。そうだ、一旦晩香堂へ行って与謝野さんの治療を受けなくてはならない。

「……ごめん敦君。やっぱ大丈夫じゃないかも」

「え?」

「全部終わったらお茶でも奢って」

取り敢えずそれで手を打とう。
与謝野さんの治療を思い、敦君の背中を濡らしそうになるのを必死に堪えた。


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