重き流れのなかに [文スト]

□策士の遠略
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甲板から海を眺めていたが、敦君が話し掛けてきたので向き直る。
芥川君と半年後に殺し合いの約束をしてきたらしい。
その代わり敦君が芥川君に提示した条件は半年間誰も殺すな、という事だ。

敦君と芥川君を組ませた理由…金剛石を磨くにはやはり同じ金剛石が必要だ。彼らならそうなれると信じた。
実際、その考えは間違っていなかった様で、二人は見事ウイルス異能者を捕え作戦を遂行してみせた。

だが、魔人(ドストエフスキー)があの程度で終わるわけがない。
ヨコハマの空を見上げる。

彼らならきっと大丈夫だ、と思うがそれでも魔人があの程度で終わるのなら最初から私と敵対なんて出来ない。

そして……

探偵社の皆から食事を渡されて、苦笑しつつ食べている麟の姿を見やる。

彼女は強い。
然し、彼女の強さは何か護るものがあってこその強さだ。彼女の強さは、自分自身を護らない。

今、記憶を失っている麟ちゃんにとって護る対象は存在しない。そこを魔人に突かれたら如何なるか判らない。

だが、逆にあのまま麟ちゃんが攫われていれば、探偵社を人質に魔人の計画に加担して仕舞う可能性もあった。

彼女の異能力は一定時間、自分と自分が触れているものの時間を止めること。否、それは正確では無い。彼女の本当の能力は遥かに厄介な代物だ。
彼女の異能は……

「太宰」

後ろから声を掛けられて、思考が止まる。私はゆっくりと振り返ると食事の皿を抱えたまま立つ乱歩さんがいた。敦くんは既に麟ちゃん達の方へ行っており、今は二人きりだ。

「乱歩さん。小説世界は如何でした?」

笑顔で訊くと

「余裕に決まってるだろ。ま、君の元相棒はまだ苦戦中だ。犯人が判らず殴り倒してたからもう直ぐに出て来ると思うよ」

乱歩さんの報告に中也が喚きながら登場人物を殴り飛ばす姿が目に浮かんだ。
ふふっと小さく笑みが漏れる。

「それより、太宰。一応云って置くんだけど

判ってるよな?」

乱歩さんの目が鋭く見開かれる。私も笑顔で対峙しているが、互いの間には何処と無く重く黒い空気があった。

「…ですが、乱歩さん。彼女の異能は」
「一理あるが、危険性(リスク)が高過ぎる。お前も判ってるだろ?」

ジッと乱歩さんが私の目を見て云った。

麟ちゃんの異能は時間を止めている訳じゃない。

“本来存在しない時空間を生み出し、それを現実世界に上書きする”

現在彼女は、本来存在しない極短い時間の中に現実と全く同じ空間を作り、そこで物を動かす・物を見るという事を行っており、最大で一人、その空間の中に連れて行くことが出来る。

彼女の異能は限りなく白紙の文学書に近い性質を持っている。
今は麟ちゃんが時間停止が能力だと思っているから、それ以上の事は出来ない。
だが、彼女がその本質を知ったら?

時間停止以外……下手をすれば彼女の思い通りに世界を改変出来る事になる。
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