重き流れのなかに [文スト]
□夢十夜
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第一夜
こんな夢を見た。
チャイムの音が高らかに教室に響いた。高校初めての夏休みが始まる音だ。
チャイムが放課後を報せた事で、浮き足立った男子達が勢い良く廊下に飛び出していった。
「敦くん帰らないの?」
一学期の最終日に日直になってしまった私は、黒板消しを片手に何故か最後まで残っていた敦くん声を掛ける。
「生徒会があるんで……」
困ったように笑う敦くん。そう云えば、敦くんは武装生徒会だったか。中々物騒な場所だが、それなりに愉しくやってるらしい。
「そうなんだ。頑張ってね」
私がそう云うと、敦くんはふと何かを思い出した様に鞄を探った。そして、静かに此方に歩いて来ると
「ごめん、これ麟ちゃんに渡して欲しいって太宰先輩に頼まれてたの忘れてた」
と云って小さな便箋が渡された。敦くんは渡すだけ渡すと、じゃあねと手を振って教室を出て行った。
太宰先輩というと、彼と同じ武装生徒会の書記で自殺癖のある変な人だ。顔立ちが整っているためか、女生徒からの人気は高い。
そんなに親しい訳じゃないんだけどな。
手紙を開くと、ただ一言。
『屋上』
私は少し迷いつつも、提出物を国木田先生に渡してから屋上に向かった。
屋上の縁に太宰先輩は立っていた。そして、私に気が付くとにこやかに手を振る。
私が太宰先輩の前まで歩いていくと、先輩は嬉しそうに笑った。
「来てくれると思ってたよ!実は……大切な話があるんだ。」
本当に満面の笑みで云う先輩に、私は如何して善いか判らなくなる。あまり親しい訳では無い上級生にそう云われたら、誰だって困惑するだろう。
「はぁ……如何したんですか?」
私が問い掛けると相変わらず太宰先輩は笑顔で云った。
「実は私、明日死ぬんだよ」
太宰先輩から発せられたのは中々突拍子も無い話だった。でも、彼が自殺好きで、しかもどれだけ自殺を図っても死なない事は有名だったので、私は何も考えず
「善かったですね」
と答えた。特に気にした風もなく、太宰先輩は相変わらずにこやかに話す。
「そこで、麟ちゃんにお願いがあってね。明日私が死んだら土に埋めてこの真珠を墓に乗せて置いてくれないかな?
そしたらまた逢いに行くから」
太宰先輩は胸ポケットから小さな真珠を取り出して、私の手に乗せる。小さな真珠は、まるで星が零れたみたいな綺麗な真珠だった。
「死んでから逢いに来るんですか?」
私が訊くと太宰先輩は頷いた。
「嗚呼。百年くらいしたら行くよ」
「私が死んじゃいますよ」
そんな会話をした次の日、太宰先輩は死んだ。どんな死に方だったかは聴いていない。でもとても幸せそうな顔をしていたと聴いた。
太宰先輩との約束を思い出した私は、太宰先輩の墓のある場所を敦くんから聴いて早速墓に向かった。
海の見える綺麗な場所に、太宰先輩は眠ってた。私はその真珠を墓に乗せて、小さく
善かったですね
と呟いてその場から立ち去った。海風がヒュウヒュウと鳴く中で慥かに声を聴いた。
ありがとう、また逢いに行くよ
随分と短い百年だことだ。
私が振り返ると、透けた身体で墓石に腰掛け、笑顔で手を振る太宰先輩が見えた気がした。
目が覚めると何だか癪だったので、驚く敦くんを脇目に太宰さんに回し蹴りを喰らわせに行った。
……華麗に避けられた