重き流れのなかに [文スト]
□秋の前夜祭
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朝目が覚めたらまず人は何をするだろう。
私は取り敢えず、目覚まし時計を止めてパンをトースターに放り込む。そして、卵とウインナーを焼いて朝食を終えたら、服を着替えて歯を磨く。髪を梳かして軽く化粧を終えたら、鞄を掴んで玄関を飛び出す。
ただ一年のうち、この日だけは鞄を掴む前に遣ることができるのだ。棚の中から沢山の“御守”を取り出して鞄とポケットに詰め込んで、更に紙袋を用意しそちらにも同様に詰め込んだ。
……足りるかな…………
最後にもう一つとばかりに詰め込んで、家を出た。少し涼しくなってきた風が頬を撫でる。
後は通常通り出勤するだけだ。
探偵社に到着して、ガチャッと扉を開け挨拶をした瞬間の事だった。勢いよく目の前に飛び出して来る影。
でたな妖怪!!
「おりゃあああ!!」
私は御守の入った紙袋をグイと目の前の影に押し付けた。影はそのまま紙袋を受け取り、抱え込んだ。
「判ってるなら宜しい」
目の前に立っている乱歩さんは満足気に笑う。押し付けた紙袋には白い箱が入っている。乱歩さんは頭に被った魔女のような帽子を揺らしながら、箱を抱えて机の方に走って行ってしまった。
「何ですか……今のは?」
敦くんが大量の書類を抱えたまま、何とも云えない様な呆れた表情で尋ねてきた。私は苦笑しながら答える。
「敦くんは知らない?欧州の催しでハロウィンて云うんだけどね。
収穫祭とお盆を混ぜた感じかなぁ…
まあ、詳しい話は面倒だから省いて簡単に云うと…『Trick or Treat』ってお化けに仮装した子供が云ってくるから、悪戯されたくなかったらお菓子を渡さなきゃいけないの」
私は乱歩さんの申し訳程度に被っている魔女帽子を指差しながら云った。
「子供……ですか?」
敦くんがゆっくりと振り返り、後ろで早速箱を開けている乱歩さんを見る。何となく敦くんの頭に大きな汗のマークが見える気がする。
私はうん、と肯定してから見ててと敦くんに云う。
適当に破り捨てられた包装紙が乱歩さんの机の周りに落とされる。どうせすぐ破られるのが判ってるので、安い無地の唯の箱にしておいた。
「おお!今年はパンプキンパイだね?悪くないじゃないか」
乱歩さんは満面の笑みで、茶色い二十センチ程のパイにどこから取り出したのかフォークを突き刺してモグモグと咀嚼する。
敦くんが確かに……と零したのを私の耳は聞き逃さなかった。