深夜の酒宴 [文スト]

□其ノ漆
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暫くして、医務室から敦くんと国木田さんが出て来た。

今から橘堂の湯豆腐を食べに行くらしい。

…………なんで?

「調書は取れたんですか?」

国木田さんに直接訊きに行った。

「いや、相手が橘堂の湯豆腐を食べたら話すと云い出したからな。敦が食わせるらしいぞ。」

敦くんが?

確か橘堂って…老舗の……敦くんの小遣いで足りるかな…彼処……

私は出掛けようとする敦くんを呼び止めた。

「敦くん、ちょっと待って」

「はい?」

不思議そうな顔で此方を向く敦くん。多分、あの様子なら橘堂のこと全然知らないんだろう。私は小さい巾着袋を渡した。

「金銭面でヤバいと思ったら使って」

半分押し付ける様に敦くんに渡した。大きいお金が二、三枚入ってたと思う。

「え?あ……ありがとうございます?」

敦くん、頑張って。

そう思いながら三人を送り出した。若しかしたら、心の何処かで敦くんならあの子の心を溶かせる様な気がしていたのかもしれない。

兎に角、金銭面位は援助してあげなきゃ、ね。

私はニコニコと笑いながら自分の椅子に戻った。

「珍しいねぇ、アンタがあんな風に世話を焼くなんてさ」

机の隅からにゅっと与謝野さんが出て来た。ニヤニヤと挑戦的な笑みを浮かべる与謝野さん。

「優しい先輩目指そうと思って」

後にキラーンと星が付きそうな勢いで云った。

「わぁ、それは善いですね〜」

賢治くんが奥の方からキラキラとした眼で見る。

「でしょ〜。ありがとう賢治くん」

私は満面の笑みで賢治くんに応えた。それに対して与謝野さんは大きく溜息をつく。

「アンタが巫山戯る時は大概なんか隠してるって相場が決まってるんだよ」

与謝野さんが困った様に笑った。私は一瞬笑みが崩れるが、すぐにぎこちない笑みで笑い返した。

「勝てませんね〜与謝野さんには。」

私は椅子の背もたれにガタンと体重を預けて、独り言の様な小さい声で云った。

「おじさんが殺されたのが十四歳の時だったので、ちょっと色々考えちゃって……」

私が呟くと、与謝野さんは静かに私の頭に手を置いた。

「なんか複雑です。同じ十四歳、それでもあの子は殺す側、私は殺された側…そのことを思うと厭な気分で…それでも、倖せになって欲しいとは思って…。自分にあの子は憎むなって云い聞かせてたんですけど……心の中今ぐちゃぐちゃですよ」

気持ちを全部吐き出した。誰も何も言わなかったけど、だいぶ気持ちに整理はついた。

誰を憎んでも変わらないなら、誰かの倖せを願う側の方が私の心も救われるだろう。

暫く無言が続いていたが

「まあ、麟の思うようにやりな」

見上げるとそう云って笑う与謝野さんの顔があった。私はその言葉で一気にホッとする。

「はい!」

自然と笑えた自分に少し驚いたが、気持ちは軽かった。
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