短編集(2018)
□セカンドレ○プと恋
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「あの! 僕と付き合ってもらえませんか?」
そう言ってきたのはバイト先の先輩だった。それはバイト先から駅へと向かう道の途中。
私たちを照らすものは月明かりと星明かり、それと所々に立っている街灯。それだけしかない。
有田さんは仕事では頼れる先輩だ。多分年齢は私より少し上。見た目は良くもなく悪くもない平凡で、ただひとつ気になると言えば、よくしゃべる日と全くしゃべらない日の差が激しいこと。
「有田さんも駅なんですね」
「あぁそうだよ」
「この道暗いからちょっと怖くないですか?」
「そう?」
私は大学生で、多分有田さんはフリーターだ。
無言の時が流れる。耳に流れてくる音は靴音だけで、細かく小さい音と、ゆっくり大きい音が混ざり合う。
「有田さんは大人ですか?」
「それは年齢的な? 中身の話?」
「中身ですかね」
「バイトに来てる高校生や大学生よりかは大人だとは思っているよ」
「じゃぁ、もうひとつ……男ですか?」
「そりゃぁ男だよ」
即答だった。男じゃない。紳士だ。とか言われていたら告白を断るところだった。いや、まだオッケイすると決めたわけではないけれど。
「私まだバイトの有田さんしか知りません。休みの日に一度遊びに行きましょう」
「何処行く?」
私がここまで色々と聞いて、警戒しているのは、とある事件に巻き込まれたことがあるからだ。
その事件とは私がまだ中学生の頃。学校帰りにレイプされたのだ。処女はそこで失った。
思い出したくもない過去だ。それ以来、私は極力男性を避けて、セックスを避けてきた。
怖い気持ちが圧倒的だったけれど、男は性行為にしか興味のないクズで、四六時中何処かでエロいことを考えている。そう決めつけている。
けれど、バイト中の有田さんは、もちろん男性なのだけれど、男らしくないと言うのが正直な印象だった。
「僕地元がここじゃないからあんまり詳しくないんだよね」
「そーなんですか?」
「そんなこと言ってもう四年も経つけどね。地元愛が強いから、こっちの色に染まりたくないんだよね」
私は有田さんとデートをした。その日の有田さんはよくしゃべる日で、本当に楽しそうだった。そして晩御飯を食べたあと、有田さんはこう言った。
「寂しいときってどうしてる? 独り暮らしだよね?」
「ぬいぐるみをぎゅっと!」
「抱き枕的な?」
「そんな感じです」
「人肌恋しくなるよね」
有田さんは言葉遣いが上手だった。と言うか自分のテリトリーに相手を引き込むのが上手いと言った方が良いのかもしれない。
その会話の流れで私と有田さんはラブホテルに向かった。
もちろんセックスを目的に行くことは察した。
それでも了承してしまったのは有田さんの人柄の良さかもしれない。
「痛いですか?」
「処女?」
「違いますけど……痛い記憶しか、すみません」
「何かあったの?」
「昔……」
私は中学生の頃の出来事を包み隠さず全て話した。
「ごめん。やめようか」
有田さんは緩めていたベルトを引き締めた。
「今日一日でなんとなくわかったんです。有田さんは大丈夫かもしれないって」
長い長い時を経て、私と有田さんは全裸で毛布を被り、くっついて寝転がっていた。
不思議だった。ラブホテルに行く手順はスムーズだったけれど、セックスは下手くそだった。あのときのクズたちのように慣れてはいなかった。
本当に下手くそだった。
「有田さん、あれはセカンドレイプってやつですよ」
「え? 僕何か悪いことを……」
「昔のことを思い出させるのはセカンドレイプって言うらしいです」
有田さんはセックス中、何度も何度も私に問った。
大丈夫? と。
「ごめん。辛い過去を思い出させちゃって」
「それです。そうやって思い出させるのが嫌なんです」
「すみません」
「けど、それは有田さんの優しさだと思うんです。だからこれからもよろしくお願いします」
「こちらこそ」
「けど思い出させるのだけは、やめてください」
「気を付けます」
家に帰っても誰もいない私たちは、朝まで全裸のまま眠り続けた。