短編集(2018)
□寂しいって言えばいいのに
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『寂しいんでしょ?』
そう電話をして来たのは私の友人だった。
「そんなことないよ」
『嘘だ。彼氏が上京する前より私のをよく誘うようになった』
「それは遊び相手がいなくなったからで」
二つ年上の私の彼氏は仕事の都合で上京した。私はといえば地元に残りバイトをしながら大学生をしている。
小さなワンルーム。ちょっと前までは彼氏が遊びに来たりしていたから、夜だって賑やかだった。けれど今は静まり返っている。つけているテレビだってこの静けさを誤魔化すためで、集中して見たい番組があるわけでもない。
『さっきからまともに声出てないよ。虫の声』
人間と言うものは口を開けばしゃべるし、開かなければしゃべらない。当たり前のことだけど、声のボリュームだってそうだ。しばらくしゃべっていないと、本当に声が出ない。
「そうかな」
『そうだよ』
床に敷かれた布団の上に寝転がると、天井を見つめた。たいして何かある訳じゃない。
『彼氏のところ行ってみたら?』
「だって忙しいだろうし」
『そうだろうけど、寂しいんでしょ? 寂しいって言えばいいのに』
「だから、寂しくないって」
私はムキになって、横を向いたら、テレビのリモコンでテレビを消した。明るかったテレビが真っ黒になる。
『どれだけ付き合いが長いと思ってるのよ。しゃべり方でわかるよ。顔なんて見なくてもさ』
「このクールな私が彼氏に甘えると思う?」
『クールって自分で言っちゃうんだ。彼氏といるときのあんたは知らないけどさ』
「逆よ。彼氏が甘えてくるの」
『可愛いじゃない』
「ごめんちょっと電話するから、切る」
『勝手ね』
その言葉を最後に私は電話を切った。そしてすぐに電話をかけようとした相手は彼氏。
時間は夜の十時を過ぎたぐらいだ。家には帰っているだろう。
でもお風呂とかに入っているかも。金曜日だし、そもそもまだ家じゃなくて職場の付き合いで飲んでいるかも。
電話帳の彼氏の名前を見つめること数十秒。
かけて良いのかダメなのか。
迷惑じゃないか。迷惑か。
それでも自然と延びる指は発信ボタン。
プルルルル―――プルルルル―――プルルルル―――プルル……。
私はひょいっと起き上がった。女の子座りと言うのに切り替える。
『もしもし、どうした?』
彼氏のいつも声だ。
「今度近いうちにそっちに行っても良い?」
『構わないけど』
彼氏のいつものしゃべり方だ。
「そろそろ会いたくなってきた頃かなと思って、気をつかってみました」
『そりゃどうも』
彼氏はきっと微笑んでいる。
「会いたいでしょ?」
『もちろん』
電話越しでも彼氏の表情が伝わってくる。
「今何してたの?」
『帰ってきて風呂入ろうかなって感じ』
彼氏はきっと疲れているのだろう。
「邪魔だった?」
『大丈夫だよ』
彼氏の、大丈夫だよ。優しい声が聞こえる。
「よかった。仕事は大変?」
『大変だけど楽しいかな』
彼氏は本当に楽しそうだった。
『ねぇ』
「なに?」
『怒らないで聞いてくれる?』
「あ、う、うん」
浮気でもしたか。大人のお店にでも顔を出したのか。告白でもされたのか。
色々な不安が一瞬で頭に浮かんできた。それを処理する暇もなく、彼氏は口を開いた。
『寂しいって言えばいいのに』
グサッ。何かが胸に突き刺さった。ついさっき誰かに同じことを言われたような気がした。
「だから、寂しくないって」
『はいはい。そうですか』
彼氏は私をからかう。そのときの彼氏は本当に楽しそうだ。
「なによ」
『別に?』
そして、ちょっと不機嫌になった私を簡単に手なずけるのだ。
「そう。ならいいんだけど」