短編集(2015)
□古株優先事務所
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コンコン。二度のノック。ドアを開ける。
「お疲れ様です」
「川崎くんお疲れ! 紙出したらちょっと待ってて」
「はい」
言われた通りに提出箱に提出し、僕の定置は部屋の中の北東の角にあるパイプ椅子。時間がかかることは分かっているので、携帯電話をいじり始める。スマートフォンとかいう流行にはのらずに未だに携帯電話をカチカチといわせている。
お疲れーっす!
ドアが開き、数名の慣れきった声がする。少し顔をあげると知っている面々で、その四人はたまに僕が行く現場のレギュラーメンバーだ。名前までは知らないが、顔ぐらいは覚えている。
あまり気にすることはなく、携帯電話をまたいじり続ける。
失礼します。
あれから何分が経過しただろうか。ドアが開き、巨体の男性が入ってきた。この人の名前は知っている。何度か同じ現場になり親しくなった人だ。三つ年下で、百八十センチは超えているだろう。野球かラグビーか、その辺のスポーツをしていたかのようなガッシリとした体つきをしている。
「お疲れ様です」
僕に会釈をする。
「お疲れ様です」
僕も椅子に座ったままではあったが会釈をした。
親しくなったとはいえ連絡先を交換する仲ではなく現場が同じだった時に話す程度で、それぐらいの付き合いなので特に今話すことはなく、僕はまた携帯電話をいじり続ける。
イヤホンで音楽を聴いていることをすっかり忘れてしまうぐらいに何かに没頭してしまう。そういうことはよくあることで、ハッと音楽を聴いていたことを思い出した僕は同時に少し頭をあげてみると、後から来た四人組が帰ろうとしているところだった。
おいおい、ちょっと待てよ。僕のほうが先に来たやんか!
と、思いながらも声に出すことはなく、心の中が動揺していたが平常心をなんとか保ち、携帯電話をいじり続ける。今度は夢中になっていじれるわけもなく、もうさわっているふりにすぎない。
続いて後から来た親しい男性も帰っていく。
一番最初に来た僕が一番最後に帰る。理不尽だと思いながらも、怒りを抑えて、働いている、いや、働かせてもらっている事だけに感謝をして、事務所を後にした。
そう、僕は今、日払いの派遣アルバイトをしていて、給料の受け取りに来ていたのだ。
今の出来事を仲の良い同じ会社の友達にすぐにメールで話をすると、親しい男性は真面目でいい人なので、前もって連絡を入れていた。だから、すぐに給料を受け取れた。そういう結論になり、四人組は昔からいるから大切にしないといけない。そういうことだろう、という結論になった。
そして、友達が最後に送ってきたメールの内容はこうだった。
『古株優先事務所』
ブッと吹いてしまった僕。
これから事務所のことは『古株優先事務所』そう呼ぶと、決めた。