短編集(2015)

□ひだまり
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 僕はワンルームで独り暮らしをしている。 もう四年になるが、つい最近この狭い部屋に同居人が増えた。数年前に音信不通となってしまった友達と連絡が取れ、十八歳で大学生になっていたけれど、ふいなことに彼女と付き合う事になった。彼女の金銭的な問題で同居することになったのだ。この暑い夏に。

 ちなみに僕は二十三歳である。

「あにょさ」

 唐突に口を開いた。モグモグモグ、と聞こえてきそうなほど、口を動かして食べながら話している。そう彼女が瀬戸内静奈。僕の彼女である。窓際畳まれた二枚の布団、布団が敷いてあった場所に小さな折り畳み式のテーブルを出し、テーブルの上にはカレーライスと麦茶が向かい合って堂々と並んでいる。今晩の主役だ。棚があって、テレビ台があって、布団を敷いたら、もうほとんどスペースがないような小さな部屋に僕達は暮らしている。施設で育った静奈は同居するにあたって、十八歳を過ぎた以上、了解を得ないといけない人はいなかったし、僕は家族が嫌いだから好きにしている。

「どうした? ってか口に物入れながら話すなって」

 静奈の口に含まれたカレーは喉から先に進むことなく舌の上でまだ かまだかと待っている。

「飲み込め。そっから話せ」

 ゴクリ。そんな音が聞こえてきそうなほど、目立つ飲み込み方をした静奈。もう口の中では離乳食ぐらいどろどろになっていたんだろう。

「岬くんはあれだよね。夏休みなんてないよね……」

 あははははは。笑っていない笑顔で笑いながら、今言った事はなかったことにしてよ。と言わんばかりに黙々とカレーを食べ続けた。垣内岬。岬くんとは僕の事だ。三ヶ月一緒にいればちょっとずつは静奈の事が分かってくる。言い出したはいいけれど、僕に悪いと思ってやめたのだ。もちろん僕に夏休みなんか存在しない。頼めば数日ぐらいは休めるだろうけれど、そんな程度夏休みとは呼ばない。

「土日と合わせて何日か休みを頼んでみるわ」

 いいよいいよ。と首を激しく横に振る。顔は赤面し、申し訳なさそうに。そんなこと知ったことか。僕は決めたらやる男だ。

「どっか行きたいんやろ? 付き合ってからまだ何処も行けてないもんな」

 付き合って三ヶ月。お互いの予定が合わず、町を夜にぶらぶらしたり、晩飯に外食したり、ちょっとしたことはしたけれど一日中一緒にいる事は一度もなかった。僕は平日働いているし、静奈は学校に通っている。しかし静奈は土日にバイトをしている。ずっと惣菜品を買ってきたりファーストフードで食べてきた僕には料理が全く出来なかった。それを言い訳に静奈にご飯は全て任していた。そんな愛情と暖かさが詰まった料理を有り難く頂き、僕はかわりにというかなんというか、とにかく掃除、洗濯を担当していた。静奈は何も言わないから構わずにしているけれど―――いや、男なら構わずにはいられないだろう。あれだ。下着の件だ。履いたり、触ったり、嗅いだり、いやいやいや、そんなことはしていない。断じて―――少しぐらいは恥じて欲しいものだ。

「いいの?」

「あぁ、その代わり僕がプランを全て決める」

 僕を好いてくれた女性、というか女の子なんて初めてだった。静奈を初めて好きになったし、初めての彼女だった。お世辞でも美人だとは言えないけれど、不細工と言うのは違いすぎる。万人に好かれるタイプではないと思うけれど、僕には可愛く見えるし、いろんなところが可愛らしい。田舎にでも行こう。田舎は良いとこだって僕の地元を案内してやろう。

「次の洗濯は私がやるよ!」

「いや、別にいいって」

「いいからいいから!」

 抵抗はあっさりと否定され、カレーを食べるスピードがやけに早くなったその動きから、込み上げてくる喜びがおさえきれない静奈の心情が大きく伝わってくる。見ていて面白い、可愛い、嬉しい。喜怒哀楽が表情にはっきりと出る人はいい人だと思う。でも、そこまで気合いをいれなくてもいいのに―――ちょっと笑ってしまった。

「冷めちゃうよ?」

「せやな」

 静奈のお皿からはカレーがもうほとんどない。後、一口二口でなくなりそうだ。一方僕のお皿のカレーは少し冷めかけた上にほとんど減っていなかった。僕はスプーンでカレーをすくうと口に運んだ。美味い。今日のカレーはいつものカレーとは一味違う気がした。
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