短編集(2015)

□日常の車内から
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『まもなく一番線に電車が参ります。黄色い線の内側にお下がり下さい』


 そのアナウンスと共に十二両編成の列車がホームに入ってきた。

 時刻は午前七時三十三分。

 三十三分発の列車が三十三分に来て三十三分に出発出来るのか。通勤、通学ラッシュのこの時間帯、ギリギリに来たことや一分、二分、遅れることは気にしていても仕方がない。
 そんなに大きい駅ではないけれど、通勤、通学に使う人が多く、通勤、通学ラッシュの時間帯なら一つのドアから十人ぐらいはいつも乗る。その一人に自分もいる。


 まっ、今日も一時間弱立ちっぱなしか。


 いつものこと。自分は座れなくてもつり革を持って揺れるのは嫌いで、その理由は単純に酔うからだ。せめてもたれさせて欲しい。そんな些細な願いが叶う日も少なく、そんなことを考えながら渋々つり革に手を伸ばす。


 あいつかたくなに、ドア際を阻止するタイプやな〜。


  一人の若いサラリーマン。気持ちはわからなくもない。ドア際は出やすいし、蒸し暑い車内で一番外気が入り込む場所だ。駅に着く度にドアが開き風が入り込む。


『まもなく大久保、大久保です。お出口は左側です。次は西明石に止まります』


 ホームに列車が停車し、ドアが開く。降りる人は一人いるかいないかぐらいで十人以上がずらずらっと入ってくる。

 邪魔になっていると気付いて、ちょっと避ける人、かたくなに自分の場所を阻止する人。

 人を避けて入って行く人、わざとらしく邪魔な人にぶつかって入って行く人。

 そんな人の流れを見ているうちにドアが閉まった。ゆっくりと出発して、加速していく。ちょっと横揺れの激しいカーブ。車内の立っているほとんどの人が大きく揺れ、一部の人は、何歩か後ずさったりふらついたりして回りの人にぶつかっている。


 電車の中でスマホでゲームなんかしてるからや。 つり革を持っていればふらついたりしないものを。


 そう心では言ってみるけれど、自分はまだガラケーで、スマホほどゲームが出来ないので、ただひがんでいるだけなのかも知れない。そう思いたくないから心の声でも言いたくはない。


『まもなく西明石です。お出口は右側です』


 ホームに電車が停車してドアが開く。何処の駅でも一緒だ。通勤、通学ラッシュの時間帯の今、人が乗ってこない事はない。

 すし詰め状態とまではいかないが、横の人との距離感はかなり近くなる。

 ドアが閉まって、自分の位置が決まってしまう。自分も男。男性、熟女、若い女。誰が近くがいいかなんてわざわざ答えるか。もちろん後者だ。


 ハズレ引いたなぁ。


 って思う事もある。その理由はいくつかあって、男性だったらどんなにイケメンであろうとハズレで、熟女ももちろんハズレ。

 若い女に関してはハズレの日と当たりの日がある。ルックスとかではなく、自分が朝、オナニーをしたかしていないかが鍵となる。していたら後悔をする。していなかったら若い女に密着してその人と離れるまではずっと興奮していられるのに。していても興奮は出来るけれど興奮の度合いが違う。その時、下の方がどうなっているかなんて、もちろん口には出来ない。

 そして今日はハズレの日。


『まもなく明石、明石です。この先、舞子、垂水、須磨には停まりませんのでご注意下さい。この先、舞子、垂水、須磨へおこしのお客様はホーム変わりまして一番乗り場に参ります各駅停車にお乗り換え下さい』


 ホームに列車が停車する。ドアが開き降りる人で少し隙間は出来たけれど、またたくさんの人が入ってくる。

 この先、十五分ぐらい人の出入りはない。ラッキーな人、アンラッキーな人。それぞれ自分がどんな位置にいようが耐えるしかない。


 残念やな。あの人ら、あんなとこまでずけずけと入ったのにな。


 それは客席と客席の間にある通路部分。自分の個人的な見方だとあそこまで行く人はだいたい座りたい欲が強い人だ。

 自分だってそこまで行く事はあるけれど席が空いて、女性や老人が近くにいたら席をゆずる。しかしどうしても蚊帳の外から見ていると座りたい欲が強すぎるただの人にしか見えない。そう思うのもやっぱり自分も座りたいからか。


 朝だから眠たい。

 電車に酔う。

 立っていて足が疲れた。

 つり革を持つ手が疲れた。

 近くに若い女がいない。


 いろいろな事がストレスになり回りの人の嫌な所がどんどん見えてくるのか。

 そう思うのも座れた時は何も考える事なく目的地まで寝ているからだ。


『まもなく兵庫です。お出口は左側です』


 ホームに列車が停車する。ドアが開きたくさんの人が降りて行く。この駅で和田岬線に乗り換える社会人の人が多い。しかし空いた車内を味わえるのもつかの間。直ぐに同じぐらいの人が入ってくる。

 ドアが閉まりゆっくりと出発する。


 自分が降りる駅はまだ四つも先の駅で、まだもう少し耐えなければいけない。
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