短編集(2015)
□弱い日本兵の話
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第二次世界大戦真っ只中の日の丸日本、沖縄本島南西。七月のこと。
さとうきび畑に身を潜める一人の日本兵がいた。中腰で拳銃を構え、いつ敵が来てもいいように備えてはいるが、足腰、腕、ガタガタと震えている。名は山下幸助。年齢は十八。教師になるために勉強をしていたが召集礼状によって、怖くてたまらないのに嫌々日本兵としてここにいる。
山下がいた隊が先程アメリカ兵と一戦交えたために仲間の日本兵とはぐれてしまい、怖くなりさとうきび畑に身を潜めたのだ。
ガサッ。
何かが動く物音がした。
山下の身体は一気に震え上がり、涙が出てきそうなほど、眼が潤んでいる。
コンコンコン。
三度、何かを叩く音がする。 その音は山下がいる隊で決めてられていて、仲間か敵かを見分けるために水筒を三度鳴らすという合図だった。
山下もコンコンコンと三度水筒を鳴らした。
ガサガサガサ。
水筒の音の合図で仲間だと言うことはわかっているが、それでも怖いものは怖くて山下は震えている。
「大丈夫ですか?」
さとうきびを分け中腰で現れたのはやはりの日本兵。山下と同じぐらいの若者で優しそうな山下の顔とは違ってしっかりとした顔立ちをしている。
一人ではなくなったという安堵から尻餅をついてしまう山下。
「だ、大丈夫です」
「おいおい大丈夫かよ」
「すみません。一人じゃないと思ったらつい」
山下は苦笑いを隠せない。
「俺も仲間とははぐれてしまった。近くに仲間がいるかもわからない。だから、二人で助け合っていこう」
よっこいしょっ。そう言い胡座をかいて座り込んだ。
「俺の名前は中原太一」
「僕は山下幸助。よろしく」
山下と中原は握手を交わした。
「もう日が暮れる。むやみに動かない方がいいだろう」
山下は恐怖で気づいてはないなかったが、もう日が沈もうとしていた。
夏だから夜は寒くはなかった。
「俺は志願兵だ。それでもやっぱり一人って怖いな」
山下は三角座り、中原は胡座で座っている。
「もう怖くて泣きそうになるよ」
「だよな……俺、志願兵だけど、別にお国の為にとか、天皇陛下万歳とか、そんなんじゃないんだ」
「そうなのか?」
「山下くんにだっているだろう? 守りたい家族ぐらい」
「いるよ……」
山下の脳裏には家族の顔が思い浮かんでいた。両親、そして弟。口にはしなかったが山下の家族は空襲で亡くなったのだ。家族の中で助かったのは長男の山下幸助だけだった。
「僕は教師になりたかったんだ。まぁもう昔の話だけど」
「でも、召集礼状は最近の話だろう?諦めるにはまだ若すぎる」
「アメリカに勝てっこないんだ。国土も違えば人口も違いすぎる。僕は死ぬんだよ」
「俺はそれでもいい。一人でも多くアメリカ人を殺してやる」
「中原くんは強いな。僕はそんな勇気ないよ」
「そうだっ、ここで一つ授業してく、れよ……実は不良少年でさ、真面目に授業なんか聞いたことないんだ。今になって後悔してる」
中原のキラキラとした眼は純粋で真実を語っていた。
「まだまだ未熟さ」
「それでも構わないよ。頼む!」
教室があるわけではない。机もなければ黒板もないが、木の切れ端をチョークに見立て、地面を黒板に見立てて授業が始まった。
いつの間にか寝てしまっていた山下と中原は何かの囁きで眼を覚ました。
「……シマセン」
片言の日本語が聞こえる。直ぐにアメリカ人だと気付いた二人は身構えた。
「ニホンヘイノミナサン、オトナシク、デテクレバ、コロシマセン」
その言葉が何度も何度も繰り返され、辺りをうろうろとしているようだ。
山下も中原も身を潜めていたが、山下はいきなり銃を手から離し地面に置いた。
「ごめん。死にたくないんだ。家族を空襲で殺されたけど、やっぱり死ぬのは怖い。アメリカ人は憎いけど怖いんだ」
山下は抵抗の意思を捨て、中原の元を後にした。
一人だけ残った中原。数十秒後、一つの銃声が鳴り響く。
「アメリカ人の嘘つきめ……」
山下が撃たれたとは限らないが確実に誰かが殺された。うぉぉぉぉぉっ、と雄叫びを挙げ闘争心剥き出しでさとうきび畑から出てアメリカ兵をがむしゃらに探し始めた。しかし先に見つかったのは中原の方で、一発もアメリカ兵に当たることなく、中原は心臓を撃ち抜かれた。
地面に倒れ込む中原。もう虫の息。そんな中見たものは銃口をこちらに向けているアメリカ兵の姿だった。しかしそれはすぐにかすれていく。
中原は声にならない声で両親と弟、そして山下の名を口にしていた。
中原は誰にも見届けられることはなく静かに息を引き取った。