短編集(2018)

□青春スプラッシュ
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 バイク乗りは、風を切る。とよく言うが、まさにその通りで、田舎道なんかを対向車も後続車もなく走るときは格別だ。眩しくなければ尚良くて、暑すぎず寒すぎない気候がちょうどいいのだ。

 俺の愛車はSUZUKI GSR250の青色のバイク。

 時刻は夜中の二時。

 そのバイクにまたがるとフルフェイスを被りエンジンをかけた。

 これが良い。この五月蝿すぎないエンジン音が良い。もっと静かでも良いぐらいだ。



 とりあえず地元へ帰ろう。そして更に南下しよう。何時間かかろうとも休憩してはまた走る。それの繰り返し。

 何度も走ったその道を今日も走ろう。

 高速道路は使わない。防音の壁で景色が見えない。通過するだけの町だったとしても、そこには生活があって、音があって景色がある。そういうのを楽しむのもツーリングの醍醐味だと俺は思う。

 けれど、夜の高速道路は良い。空いているし、スピードが出せるのから、風を切ることができる。



 家を出て、いつもの交差点を左折する。そして二時間ぐらいはひたすら真っ直ぐに東へ東へ進もう。

 それからは方角的には南下する。これもまた二時間ぐらい南下する。

 そしてようやく我が故郷の県に着く。

 俺は北部生まれで南部のことは知らないけれど、地元が好きだ。だからこそ南部も知りたく、こうやって何度も走りの来るのだ。



 友達と約束があるわけでもない。実家に帰るわけでもない。

 ただただ一人で走るだけ。

 一人と言うのは少し寂しい。誰かを、話し相手を欲する時はある。

 けれど一人、それがいい。誰かと一緒だったら自分の都合でなんでもかんでも決められないから。



 そして地元も過ぎて南下し始めた頃に立ち寄ったコンビニで俺と同じバイクを見た。色は赤だったけれど、何色でもこのバイクはカッコいいなと惚れ惚れする。そしてあわよくば話しかけてもらえないかと、真横に停車した。持ち主はいなかったので店内だろう。

 俺は店内のトイレを借りて、おにぎりとお茶を買った。そして出てくると、バイクの持ち主はそこにいた。

 俺より少し年上であろう、大人の魅力を感じる女性だった。髪は短く少しボーイッシュな感じで、短パンからは柔らかそうな太股が顔を出している。

 ちなみに俺は二十二歳。今年で大学を卒業する。

「これ君の?」

「そうですけど」

「良いよね。このバイク。何色でもかっこいい」

「わかります。たまに四百ぐらいと間違われるんですよね」

「大きいもんね」

 お姉さん。と呼んで良いのかはあれだけれど、俺はそう呼ぶことにした。

「お姉さんは何処まで? 地元ナンバーじゃないので」

「ちょっとはしっこまで、あなたは地元なのね」

「そうです。けど今は大学で他県に出てて、帰省というか懐かしくなって走りに来たというか」

「良いね。青春だ」

「そうですね。青春、走りやすい季節ですよ」

「夏の少し前か、秋になる少し前だね」

 俺は買ってきたおにぎりをかじった。そしてお茶を一口。

「そうですそうです」

「ねぇ、はしっこまで行ったことある?」

 お姉さんはスポーツドリンクをいっきに飲み干すとゴミ箱に投げ捨てた。

「ナイスシュート」

 とっさに出たその言葉。

「一度だけ」

 そのあとに質問の答えを言った。

「先行してよ。迷いたくはないわ」

「良いですけど、ほぼ一本道ですよ。田舎なので」

「良いじゃない。一人だと少し寂しいから」

「わかる気がします」

「行きましょ」

 俺はエンジンをかけるとフルフェイスを被り、バイクにまたがった。そしてお姉さんが準備を終えると走り出した。



 これで俺の自由な走りは出来なくなったけれど、所々立ち寄る名所や休憩のコンビニなど、会話が弾み、寂しさは感じることがなかった。



 そして、一番はしっこまでやってきた。ここは本州最南端で西に行けばパンダがいて、左に行けばクジラがいる。

「大海原だね」

 展望台から見える海の上にはいくつかの船が見える。

 空の青、海の青は少し違って、俺のバイクの青も少し違う。

「風強いですね」

 俺の伸びに伸びきっていた、うっとおしい長い髪が揺れる。お姉さんの髪よりも長いんじゃないかと思う。

「疲れたけど気持ちいいね」

「そうですね」

「お腹すいたー」

 そう言えばお昼の十二時はもう二時間も前に過ぎていた。

「お姉さん、クジラでも食べに行きましょうか」

「クジラ名物なの?」

「美味しいですよ」

「よし行こう。すぐ行こう」

 お姉さんは展望台の階段を駆け足で降り始める。

「遅いよ。君」

 螺旋状になっている階段からはもうお姉さんの姿は見えない。

「君じゃなくて、宮前です!」

「宮前くん! 君こそお姉さんじゃなくて、田井ノ瀬だよ!」

「田井ノ瀬さん、早いですって!」

 俺が駐輪場に着いたころには、お姉さんはエンジンをかけてフルフェイスを被り、バイクにまたがっていた。そして、急かすように空吹かしをしている。

「全くもう、これだから誰かと来るのは楽しいんだ」

 俺もすぐさま準備して二台のバイクはゆっくりと進み出した。
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