parallel

□Forever Yours
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Forever Yours


エンジンの乾いた音が響く。

星屑を落とした銀色の車体が鈍く光る。
 
今夜、何も言わずに、部屋のカーテンを開けておいてよ。




 丘の上の住宅地の一番奥、白い壁にオレンジ色の屋根が可愛い小さな一軒家。ガレージの壁一面に貼られた、何十年も昔の映画ポスターや、両親の宇宙旅行の写真、ガレージの大半を占領する”宇宙船”──これが僕の世界。

 大好きな映画で使われていたモデルの車をついに手に入れ、「嬉しくて天にも昇る気分だ!」と、映画のタイトルを大声で叫んで喜んだのが三年前。あれから手入れはしていたものの、初めてはどこに行こうかと悩んでいた間にいまになった。映画ではタイムマシンに改造されていた、銀色のボディに薄ら積もった埃をぬぐい取れば、期待とすこしの緊張にこわばった自分の顔が反射する。

 その視線を断ち切るように、何故か昔は怖かった、大きなスパナでフィルターのボルトをきつく締め直す。ここが緩んでいると、吸い込んだ星屑の微粉がうまく排気できない。特注した星型のホイールもいい感じ。お気に入りのビンテージのジャンプスーツに、カラフルなストライプのシャツもキマッてる。パーツもシステムもすべて細かくチューニングした。ディティールもチェックし、準備は整った。気持ちも、もう覚悟はできている。

 ポケットから鍵を取り出し、深く息を吸い込んでから思い切りギアをいれた。

 爆発したような轟音とともに急発進する車。家と家の間を高速で走り抜け、ギュンギュンと上昇する車体の揺れに酔いそうになる。そのあまりの勢いに仰け反りながらも、ハンドルにしがみつく。圧倒的な圧に震える瞼の裏が、赤からオレンジに変わっていく感覚から、晴天だった今日の昼間を抜けて、雲の上の昨日に近づいたのがわかる。

 恐る恐る開けた瞳には、あれほど想い焦がれた、銀色のシャッターの先の宇宙が広がっていた。


「キボマはいつも星ばかり見てるのね」


 紫色に激しく光る大きな星の渦を抜ける時、数少ない友人のひとり──ソユの溜息が聞こえた気がした。





「あの青い星を見ていてごらん」


 どうにも寝つけない夜に訪ねた、丘の一番高い場所にある彼の家。空に一番近い部屋が彼の城だった。

 窓辺に身を乗り出す彼に手を引かれて、外に伸ばした人差し指の先に視線を促された──その瞬間。

 青い光が放射線を描いて流れ落ちた。驚く僕を尻目に、彼は「今度はあの赤い星を」とまた人差し指を動かし──流れ落ちた。

 まるで彼の意のままに動くかのような星たちの動きに、うっすらとこびりついていた眠気はどこかにいってしまった。彼が掌を夜空にかざし、カードを混ぜるように動かせば、さっき流れた青と赤が木々の緑と合わさってマーブル模様に移り変わる。その光景に見とれたのもつかの間、マーブル柄は夜の黒に飲み込まれ、一面は深い青に染まった。

「穏やかな、青い夜を紡ぎたいんだ」

 どんなに離れていても、どこにいても、共に過ごせる空間を。そこで誰かが、キボマが、俺自身が休めるような空間を。そんな夜を紡ぎたい──夜空を見上げながらそう呟いた彼の真っ直ぐな瞳が、甘く響くその声が、僕の指を柔らかく強く握るその手が、すべての感覚が、身体の隅々にまで焼き付いている。

「見ていてね」

 今日と明日の間に現れる一瞬。気にしていなければ見落としてしまうような、北の空に光る青い星がひときわまばゆく輝くたったコンマ何秒という一瞬。毎日違うように光るそれが、いまは遠い星で、夜を紡ぐ仕事をする彼からのメッセージ。


「鮮明で好きだよ、キボマの色」

 いつだったか、僕のオレンジ色の──幼い頃に、研究者だった父が採取した太陽のフレアを頭から浴びて変色してしまった──髪を指で梳きながら、そう言って笑った彼を思い出す。

 彼の紡ぐ宇宙は彼にそっくりで、きらきらと瞬いて僕の視線を捕らえて離さない。流れる星々を浴びれば浴びるほど想いは募っていくばかりだった。手紙は書かなかった。朝も、昼も、夜も、星を見れば彼とつながっている気がしたから。星に想いを馳せるような、こういう気分も嫌いじゃない。だけど、それでも。
 



会いたくなったんだ。どうしても。


耳の奥で、丘の下の街の音が遠く聞こえる。
きみにそっくりな光が降り注いで、溺れそうになる。
宇宙の暗闇に放り出されて目が回る。星が光る。

昨日と今日と明日の境界線で、きみの銀色の髪が光った気がした。

僕の目はきみだけで作られた世界を見るんだ。だから、今度はこの手を離さないで。


僕の心は永遠にきみの──ジョンヒョン、きみのものなんだ。





青い夜、きみに逢いに行く話
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