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□MONKEY MAGIC
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 レッスンを終えて、いまにも崩れ落ちそうな足をどうにか前に動かす。帰り際、マネージャーに買ってもらった栄養ドリンクの入ったコンビニの袋が膝に何度もあたり、思わず舌打ちしてしまう。腕時計を見れば日付をちょうど回ったところで、明日のスタジオの入り時間を思い出してすこし憂鬱になる。

 嬉しい悲鳴、だなんて言えるほど、自分はまだ成長できていない。今日のレッスンで上手く踊れなかった部分を思い出して小さく溜め息をつく。自分の思うように、好きなように踊れない苦しさ、もどかしさ。街灯の光の奥から聞こえる歓声と、足先から続く真っ暗な道。

 なんとなく気分が落ちてしまうのは、今日が新月だからだろうか。こんな日はさっさと熱いシャワーを浴びて、お気に入りのいちご牛乳を飲んで、なにもせずベッドに倒れたい。逸る気持ちとは裏腹に、階段を上がる足取りは重い。宿舎前の厳重なセキュリティを抜け、どうにかエレベーターに乗り込む。足元から抜け落ちるような、浮遊する感覚。重い目を閉じて天を仰ぐと、まるでこのまま天井を突き抜けて空に放り出されてしまうのではないか、なんて、取り留めもない妄想で頭がいっぱいになる。上に、上に──。


 ──永遠とも思えた数秒。チン、という無機質な軽い音が、遠くに飛んでいた意識を引き戻す。鉄の扉が開けば、いつもの見慣れた廊下が続く。灰色のコンクリートにスニーカーの白が鈍く光り、地面を踏む感覚が戻ってくる。

 宿舎の扉に鍵を差し込むと、鍵が空回りする感触がした。個人の活動が増えたいま、宿舎に帰るタイミングは五人ともバラバラで、玄関扉にはいつも鍵がかかっている。不審に思いながらそっとノブを回して中を覗くと、薄暗い廊下にうっすらリビングの明かりが漏れていた。誰かいる。兄たちの誰かが待っている。思いがけず感じた人のぬくもりに、自然と口角が上がった。
 
 
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