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□Hello
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キー兄に言われて戸棚から皿を出していると、いつもは最後まで寝ているミノ兄が、地獄みたいな顔でのそりと起きてきた。今日は珍しいことだらけだ。ほんとうに雪が降ってしまうかもしれない。
「おはようミノ兄」
───応答なし。起きたはいいものの、頭はまだ覚醒していないようだ。筋肉質な長身が壁にめり込んでうなだれる姿は何度見ても面白い。サボテンみたいだ。
「オニュ兄も、おはよう」
いつの間にかオニュ兄もリビングに入ってきていて、けろりと応えたキー兄の声に驚いて振り向く。今日も寝癖が芸術的だ。オニュ兄はそれに小さく応えると、ふらふらとおぼつかない足取りでリビングのソファに倒れこんだ。起きないのなら部屋で寝ていればいいのに。
リビングに人が増えた数分後、僕たちのかすかな話し声に起こされてしまったのか、ジョンヒョニ兄が目を擦りながらリビングに入ってきた。ただでさえ不眠症なのに、些細な物音でも起きてしまう兄を、すこし不憫に思う。寝癖で前髪が上向き、不規則な生活で浮腫んだ顔は、練習生時代のようだ。たった二、三時間の睡眠の寝起きにしては、しっかりとした足取りでキッチンに向かう。
「おはようぼみ、今日もかわいいね」
「おはようヒョン。当たり前でしょ」
僕たちがいるのを知ってか知らずか、はたまた寝惚けているのか見せつけか、ジョンヒョニ兄は甘い言葉を吐きながらキー兄との距離を詰める。おもむろに後ろからお腹に手を回して首筋に顔を埋めると、くすぐったそうにキー兄が「やぁだ」と首を竦めた。いつもより甘く鼻にかかったその声に、壁に埋まったミノ兄の整った顔が苦虫を噛み潰したように歪む。僕だって口から砂糖が出そうだ。オニュ兄に助けを求めても彼はソファに倒れ込んだまま動かない。こんな非常事態に、なんて使えない兄なんだろう。
「ヒョン、コーヒー飲む?」キー兄が肩口の丸い頭を撫でると、ちょうだい、とこれまた甘い声が返ってくる。キッチンの二人から漂うピンク色の空気に朝っぱらからあてられそうで、リビングに咄嗟に避難する。
「ミノヤとオニュ兄は?」
ちょうだい、とふたりが応えると、キー兄はべったりと背中に張り付いたジョンヒョニ兄をそのままに、マグカップをふたつ戸棚から出した。
それからしばらくして、テーブルには匂いだけで僕らのお腹を鳴らすくらいには美味しそうな朝食が並んでいた。バターで焼いた食パンにはスライスチーズとハムが乗っている。それと半熟の目玉焼きがよっつと、両面焼きの目玉焼きがひとつ。両面焼きはオニュ兄のこだわりだった。
「食べよう」
いつの間にか席についていたオニュ兄の一声で、全員箸を手に取る。さっきまで蛙のように潰れていたミノ兄も、やっと覚醒したのか、大きな目でぐりぐりと食卓を眺める。ミノ兄は何から手をつけるか先に考えるタイプだ。ジョンヒョニ兄は大きなあくびをひとつして、目の前に座るキー兄に微笑む。あ、キー兄、耳が赤い。
食べ始めると僕たちは静かだ。黙々とごはんを頬に詰め込み、目の前の食事に集中する。しばらくして、ぽつぽつと会話が始まる。
「今日の収録なんだっけ?」と聞いたのはミノ兄。
「午前はXX局でトークじゃなかった?」答えたのはキー兄。
「げっ、台本どこにやったかなあ」慌てたのはジョンヒョニ兄。
「また無くしたんですか」ミノ兄が呆れる。
「キボマの料理、久々に食べたなあ」オニュ兄。
「焼いただけだよ。それより、昨日の夜中に僕が冷蔵庫開けてたからよかったものの、みんな朝ごはんのことなんて考えてなかったでしょ」
咎めるように眉をひそめて唇を尖らせたキー兄に、みんなが苦笑する。
「キボマはすごいね、よく起きれる」オニュ兄がコーヒーをすすりながら、感心、とでもいうように息をついた。
「みんなが寝汚いんだよ」悪態ついちゃって。
「言い方〜」あはは、とみんなが笑う。
「僕が一番に起きたんだよ」キー兄の次だけど。
「えっ、雪でも降るんじゃないのか」
「あ、それ僕も言った」
トーストを頬張っていたミノ兄が、無駄に大きい目を落とさんばかりに見開いて驚く。キー兄も乗っかって「車にチェーン巻かなきゃ」なんて揶揄うから、あとの二人を見ればどちらも肩を震わせて笑っている。ここに僕の味方はいないのか!
言い返そうとした時、オニュ兄の携帯電話が鳴った。設定された着信音から、相手が先に家を出たマネージャーであることを全員が察する。オニュ兄は目玉焼きと格闘するの止めて電話に出る。二言三言交わすと、細い目をぎょっと開いて僕らを見回した。
「もうそろそろ車まわすって」