短編

□終わりにしよう
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つい先程まで隣に感じていた温もりがふと消えたような気がして、不意に目を覚ます。

寝起きのせいでほわほわする意識の中そのまま左隣に視線を向けると、傍に居たはずの僕の恋人、しんのすけの姿がそこにはなかった。



「…しんのすけ?」



確かめるように彼の名前を呟きながら静かに上体を起こし辺りを見回す。

薄暗い部屋に、自分以外の人の気配はない。



「いないのか...?」



隣にはまだほんのり僅かな温もりが残っている。
....という事は、いなくなって時間はそう経っていないのだろう。


普通に考えて真っ先に浮かんでくる答えはただ一つ。



(…トイレかな。...うん、きっとそうだ)



そう勝手に納得して再び毛布に包まる。

そしてこういうときに限って、何故か余計な思考が働いてしまうのだ。



(…もし、このままアイツが帰ってこなかったらどうしよう…)



見慣れない宿の一室に1人きり。

トイレであるはずの彼は、未だ戻ってこない。



「…っ、」



何気ないその思い込みが悪い方へとどんどん膨らんでいき、途端に不安になった僕は再度起き上がると、彼の姿を求め室内を隈なく見渡す。

堪らず布団から這い出ようとしたその直後、すら、と彩雲柄の襖が開いた。



「...風間くん?起きてたの?」



襖の向こうから現れたのは、僕が先程まで探していた張本人、宿の浴衣を着たしんのすけだった。



「…しんのすけ、」



見慣れた長身の黒髪頭を確認した僕はホッと安堵の息をつく。



「───っ!?」



彼に気を取られていたせいか、僕はそこで重大な事に気が付いてしまった。



「うわわわっ!?」



驚きと羞恥のあまりバッと毛布を手繰り寄せ、慌てて胸元へと巻き付ける。

それもそのはず、僕は肌に何も身に纏っていなかったのだ。


そんな僕の様子を見ていたしんのすけはニヤ、と口角を上げるとお得意の悪戯スマイルを見せた。



「んもぉ〜、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのにぃ〜♡今更でしょ?オラに裸見られるなんて」

「ううぅ…」



襖を閉めたしんのすけが終始ニヤニヤ笑いながら此方にゆっくり近付いてくる。


本当に憎たらしい奴だ。


愉快気に布団に入ってきたしんのすけに態とらしく背を向けた僕は、とりあえず衣服を探そうと毛布を巻き付けたまま立ち上がった。

が、残念なことにそれは叶うことなく、ぐい、としんのすけに肩を抱き寄せられたかと思えばあっという間に彼の腕の中に収まってしまった。



「こ、こらしんのすけ!服着させろよっ...!」

「別にいいじゃ〜ん。そのままで」

「よくないっ!お前だけ服着ててずるいじゃないかっ!」

「ん〜?じゃオラも脱ごっか」

「いや結構ですっ!!」



しんのすけまで服を脱いでしまえば、この後どうなるかは目に見えている。

それに彼がこのまますんなりと素直に解放してくれるわけがない。

抵抗も虚しいと分かり潔く諦めた僕は、毛布に包まった上からしんのすけに抱き締められるハメとなった。



「...そういえば、さっきどこ行ってたんだ?」

「ん〜?あー、ちょっと外の空気吸いに」

「(トイレじゃなかったんだ)…ふーん。外寒い?」

「うん、結構寒いぞ」



言葉を紡ぎながらしんのすけは僕の髪の毛をいじってくる。

頭を撫でては髪を梳かしてくる彼のその行為が少しくすぐったくて、無意識のうち身をよじってしまう。

繰り返し行われるソレに何となく気まずさを感じていると、髪を触っていた彼の指先が急に背中をなぞってきた。



「はわぁっ!?…な、何だよ!?」



思わずビクリと反応してしまい咄嗟にしんのすけを見上げると、優しい眼差しで此方を見つめる丸くて綺麗な瞳と目が合った。



「…いや〜、幸せだなァ〜と」

「急にどしたんだ...っ、ひゃっ…!」



何をするかと思えば今度は耳元に息を吹き掛けられ、そのまま耳朶をペロリと舐められた。


ぞくりとする、けれど決して不快ではないその不思議な感覚には、きっといつまで経っても慣れる事はないのだろう。



「も、もうっ!さっきから何だよっ...!?」



迫力がない事は承知で、それでも精一杯睨みながら問うと、しんのすけは唐突に告げた。



「終わりにしよう」


「…........え?」



静かな空間に痛いほど響いたのは彼の低い声と耳を疑う信じられない言葉。

途端にドクリと脈打つ心臓。



うそ、なんで...?



「…幸せだからこそ、この関係は終わりにしよう」


「.......っ、」



どうしてそんなに優しい顔でそんなに残酷な事を言うんだ?


絶望のあまり僕は了承する事も拒否する事もおろか、ただしんのすけを見つめることしか出来なかった。











「結婚しよう」


「….....へ?」


「…トオル、愛してる。恋人はやめて、夫婦になろう」


「えっ、えっ....?」


「あれ?返事は?」


「〜〜〜〜っ!!!」





その後僕が散々泣いて、しんのすけを力任せに殴ったのは言うまでもない。





(ま、まぎわらしい言い方するな〜っ!!)

(それを言うなら紛らわしい、だぞ)

(うるさいっ!!)
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