短編

□蒼い君
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「風間く〜ん!水族館行くぞ!」

「はぁ?」



バン!

と風間くん家の扉を開けて簡潔にそれだけ伝えると、相変わらず勉強に集中していた彼が顔を上げ不審そうに俺を見つめてきた。

それをお構い無しに風間くんの手から勉強道具を取り上げ腕を引けば、驚いた様に身体を浮かせ突然の事で頭がついていかなかったのだろう、バランスを崩しながら俺の方へ倒れ込むようにしがみついた。


「あ、危ないだろしんのすけ!急に何だよ!いきなり僕の家に押しかけてきたりして...水族館ってどういうことだ?」

「そのまんまの意味だぞ。水族館行こ!」


華奢なその身体を軽々抱きとめた後ここへ来た目的をもう一度告げると、風間くんは目を瞬かせたのち、諦めたように息を吐いて小さく頷いた。


「なんで急にまた…まぁ、別に良いけどさ...」

「よしっ、じゃあ早速出発おしんこ〜♪」




ことの発端はなんだったか。

さっきテレビで見た水族館特集を何気なく眺めていると、ぽんっと風間くんの顔が浮かんだのがきっかけだったような気がする。




風間くんは大学受験に合格したあとも何かと勉強に試験と忙しかったので、二人の時間をそう持てなかった。

たまには勉学に追われる日々から距離を置いて、心身ともにリラックスできるような癒しを彼に与えてあげたいという思いに至った俺は「癒し空間溢れる場所といえば水族館なのでは?
水族館デートもできて一石二鳥なのでは!?」


と、そんな目論見もあって風間くんの家へ押し掛けてきたのだ。
結果はまぁ頷いてくれたので、無理に断らせる必要が無くて良かった。

しっかりと防寒着を着込み、出発の準備が完了した風間くんの手を握り歩き始める。


「ちょっ、しんのすけ手!」

「だいじょぶだいじょぶ。コートに隠れて見えない見えな〜い♪」


寒いのは俺もそんなに得意ではない。
けれどお洒落な高級ものロングコートを好む風間くんのお陰で、この時期は手を繋いだって袖で隠れるから色々と便利なのだ。

慌てる風間くんにそれを言ってやれば、暫く悩んだあとそうか、とだけ答えて黙り込んだ。
ついでにぎゅっと控えめに握ってきたもんだから俺の表情はだらしなく緩んでしまった。


本当に、風間くんは可愛い。
いつもは単位がなんだと勉強を優先する部分があって、そこは多少、いやかなりムッとするのだが、こんな些細な行動の一つで胸がトクンと温かくなってしまうのだから、俺も大分風間くんに惚れ込んでるなとつくづく思う。


「わぁ…僕初めてここの水族館来た」

「そうなの?じゃあ丁度良いね。オラ、チケット買ってくるからちょっとここで待…..って風間くん?」


話していればあっという間に目的地へ。
商業施設の中に入っているそこはそう大きくはないけれど、それでも沢山のクラゲや少し大きな水槽があって人もそこそこ居る。

チケットを買って来るからと手を一度離そうとすると、風間くんがぎゅっと手を握って離さない。
どうしたのかと問えば、少し恥ずかしそうにしながら目を泳がせあと、上目遣いでこちらを見上げてきた。


「…ぼ、僕も一緒に行くよ」

「…おぉ、なら一緒に買いに行きますかぁ」


離れたくない、と言外に言われた気がして、その可愛さにくらりと目眩がする。
これで無自覚なのだから本当にタチが悪い。



無事二人でチケットを購入しいざ水族館の中へ。
照明が落とされ少し暗くなった室内は、男同士二人で来ていると言う事実を隠してくれるので実に都合が良かった。


「うわぁ、何だかすごくいい匂いがする」

「おっ、ほんとだ。ん〜甘い匂いがしますなぁ」


階段を上り水槽へ向かう道中、風間くんが感動したように声をあげる。
なにかアロマのようなものを焚いているのだろう、水族館特有の生臭さや魚臭さは感じなかった。

水槽が見えてくれば風間くんはもうそちらに夢中だ。
キラキラと目を輝かせながら魚を目で追う。
それでも手を離そうとはしなかったので、俺はそれだけで満足だった。


「しんのすけ見て!クラゲ!」

「おぉ〜」


ふわふわと自由気ままに水中を漂うクラゲは、掴みどころのない風間くんみたいだ、なんて思う。
見つめていたらその魅力にやられ、惹かれて触れようとすれば毒に当てられ、目が離せなくなる。
うん、やっぱり風間くんみたいだ。


「しんのすけはクラゲが好きなのか?」

「ん〜。オラはクラゲより風間くんかな♡」

「な、何言ってんだよ....!次行くぞ!」


だって何を見ていたって風間くんに結び付けてしまうのだから、俺が言ってることは間違っていない。

素直に答えれば風間くんに腕を軽く叩かれる。
チラリと隣を見れば暗闇で分かるほど耳まで顔が赤く染まっていて、思わず微笑んだ。


「うっわぁ…」

「おぉ…」


ダイオウグソクムシやオウムガイなど、深海魚エリアを見たあと現れたソレに、風間くんは目を奪われ感嘆の声を上げる。
ひらひらと狭い水槽の中を勢いよく泳ぐソレは、照明のせいか瞳を青く輝かせていて、それはまるで宝石のようだった。


「ハリセンボンて、こんなに綺麗なんだな…」

「ね、オラも初めて見たぞ」


まるで飲み込まれそうなソレを2人並んで暫く見つめ、どちらからともなく顔を見合わせて笑う。


「ずっと見ていられるな、これ」

「だねぇ〜。でもそろそろ次行こっかぁ」

「うん」


ぎゅっと手を握り直し先に進む。

綺麗な珊瑚礁に本日何度目かの感動をし、一つの水槽の中に入れられているチンアナゴを見てくだらない下ネタを言いながら笑い合い、コブダイを見てみさえに似てると盛り上がり。

思っていた以上に楽しみながら館内を回る。
触れられそうなほど近いペンギンや、色々な種類の金魚を見て、気付けばこの水族館一大きな水槽の前へ。
運良く周囲にあまり人は居なくて、一番前のソファが空いていたので遠慮せずそこへ腰掛ける。


「すっごい…」


息を飲むように呟いた風間くんは、すっかりその水槽に夢中だった。 
サメやエイが悠々と泳ぎ、その周りを様々な魚が行き来する。
風間くんの目は1箇所に留まらず、きょろきょろと忙しなく魚を追いかけていた。

楽しそうなその表情を見ているだけで、俺の表情も自然と緩む。


ほら見てよ、可愛いでしょ。
こんな可愛いのが俺の恋人なんだぞ。


いつの間にか離れていた手を名残惜しく思いつつも、携帯を取り出し風間くんの横顔を1枚。
カシャリ、と言う音に風間くんは意識を水槽から俺へと移した。


「なに撮ってんだよしんのすけ」

「キレーなもの」

「は?」

「水槽を眺める風間くんの顔、すんごく綺麗だったから」

「ばっかじゃないの…」


恥ずかしいこと言うなよ、と両手で顔を隠したまま風間くんは息を吐く。
それを尻目に撮った写真を確認すれば、うん、よく撮れている。

満足して携帯をしまっていると風間くんが不意に立ち上がった。


「しんのすけ、クラゲトンネル行こ?」

「うん、行こ行こ〜」


最後の見どころへ行こうとの誘いに俺も腰を上げる。
まだここにいても良かったのだが、風間くんが満足しているのなら良いだろう。

風間くんは立ち上がった俺を見て暫く悩んだあと、自分から手を握ってぎこちなく歩き出した。


…今まで自分から手を握ったことなんて一度も無かったのに。
すごい、すごすぎるぞ、水族館効果。


最後まで館内を堪能し外へ出ると、売店コーナーが並んでおり様々なものが売られていた。


「色々ありますなぁ〜」

「なぁ、マサオくんたちにお土産買ってく?」

「別に良いでしょ、都内だし」


お菓子を見ながら首を傾げる風間くんに必要ないと伝えれば、それもそうかと彼の意識は他のものに移っていく。


「ちょっとあっち見てくるね」

「迷子になっちゃだめよ、トオルちゃん♡」

「誰がなるか!」


なにか良いものを見つけたのだろう、風間くんが俺から離れ一人で行動を始めたのを見送り、自分も適当に店内を見回す。


(あ、これ...)


なにか良いものはないかと物色していた時、見つけたそれを衝動的に手に取っていた。
それから風間くんはと彼の姿を探せば、ぬいぐるみ売り場にその姿を確認する。


「それ、買うの?」

「...しんのすけ!うーん、迷い中。今日の思い出に良いかなって思ってさぁ」


背後から声をかければペンギンのぬいぐるみをぎゅっと抱き締めたまま迷う素振りを見せる。

あざといが過ぎるぞ風間くん、可愛いは大罪.....

溜息を吐いて風間くんの腕からぬいぐるみを抜き棚へ戻す。
なんでと抗議しようとした風間くんをシーッと黙らせ、もう1つ大きいサイズのものを手に取れば、目を瞬かせたあと彼は嬉しそうに笑った。

その笑顔だけで今日連れて来て良かったと心から思う。


会計を済ませ、外へ出る。
すっかり日が暮れて冷たい風が吹いていた。


「うわぁ寒っ!」

「おぉ、オラのオケツが最高に引き締まっちゃう〜〜っ」


マフラーに顔を埋めた風間くんが、少しだけこちらとの距離を縮めくっついてくる。
その行動に驚いて風間くんを見ればニヒヒ、と悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


「そういえばしんのすけは何買ったんだ?」

「オラ〜?あぁそうだ、これ」


風間くんに聞かれ思い出した俺は、袋の中を漁りストラップを手渡す。


「なにこれ?」

「チンアナゴストラップ」


可愛いでしょ〜?と色違いのそれを揺らせば、うん、と風間くんがはにかむように笑った。
お互いのカバンにそれを付けあって、また手を繋ぐ。


俺のカバンには青色が、風間くんのカバンには赤色のそれが揺れながら、俺達は仲良く家路に続く道へと歩みを進めた。
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