短編
□*ボーダーライン
1ページ/3ページ
「お願い、風間くん」
「もう、またかよ?」
「ごめんごめん、なかなか収まんなくてぇ」
「…はぁ、ちょっとだけだぞ?」
「ありがとござますぅ」
僕は、僕は。
何を見ているのか。
ジーッという金属が擦れる響きは、なんだかジッパーを下ろす音にやけに似ていて。
しんちゃんの股間に顔を近づけた風間くんの口は、大きく開かれていた。
じゅる。
「っは、ぁ」
聞いたこともない彼の声が、リビングに響く。
ソファーに座ったしんちゃんの股間にかぶさっている風間くんの頭が上下に動いて、粘着質な水音を立てていた。
「...っあー、風間くん、それ、すごくいいぞ」
「んっ……んぅ」
「もうちょい奥まで咥えて」
「むっ、ん、んっ」
おもむろに、フローリングの上に座っておそらく舐めていた風間くんの頭をしんちゃんが掴んでぐいぐいと押し付けていた。
苦しそうな声が一瞬上がるも、すぐに諦めたように目を瞑って顔を動かし始めた。(ここからはよく見えないが僕にはそう見えた)
成人を迎えてからなかなか会う機会がなかった防衛隊メンバーのみんなと久しぶりに集まり、最近一人暮らしを始めたというしんちゃんのアパートで先程まで語り合っていた。
終電の時間もあるため日付けをまたぐ前には解散することになり、みんなと別れてから駅を目指して暗い夜道を歩いている途中、しんちゃんの家に財布を忘れたことに気が付いた。
急いで元来た道を戻り、アパートへ続く階段を登ると玄関扉をゆっくり開ける。
「再びお邪魔します」と小さく挨拶の言葉を呟いて薄暗い廊下へ歩を進めると、リビング部屋から光が漏れていた。
ほんの少し開いた扉からはテレビゲームの画面がチラりと見えている。
よかった、しんちゃんまだ起きてた。と少なからず安堵した僕は静かに扉へと近づいた。
隙間からそっと室内を伺うと、ソファーに腰掛けているしんちゃんの他にもう一人、風間くんが座っていた。
あぁ風間くんはまだ帰ってなかったんだと特に不審に思うことなく扉を開けようとした。
そうした時にしんちゃんが言ったのだ。
「ねぇ、舐めてよ」と。
最初は何の話だろうと思った。
彼らのことだ。
いつものように冗談でも言い合っているのだと思っていた。
しかし、しんちゃんが風間くんの片手を掴んで股間に押し当てるのを見た途端、それらの考えは現実と比して余りに生ぬるかったことを僕は理解した。
最初は渋っていた風間くんが諦めたようにソファから降りてフローリングに座り、開かれたしんちゃんの足を掴みながらジッパーを下ろした。
そして彼のモノを取り出して口にソレを含んだのだ。
僕の体は動かなかった。
「あっ、あー」
心底気持ち良さそうな声を出すしんちゃんを、僕は知らない。
当たり前だ。
だって僕もしんちゃんも男同士で、お互いの性事情なんて直接視認する機会はないのだから。
「…ん、んむっ…」
じゅるじゅると卑猥な音を立ててフェラをする風間くんも、僕は知らない。
僕も風間くんも男同士なのは勿論、通常男が男のモノを舐めるなんてあり得ない。
オナニー位は大体のイメージがついても、まさか友人の”舐める側”の姿なんて一体誰が想像出来ようか。
「…風間くん、出そ……」
「ん?」
ちゅ、と音を立てて口からブツを抜いた風間くんが、片方の手でそれを扱きながら「出していーよ」と言った。
「口に、出したいんだけど…っ」
「やだよ苦いもん」
「い〜じゃん。....ぅあ…待っ...ごめん、やっぱ舐めて」
「痛っ、あ、っむぅ?!」
風間くんの髪を掴んだしんちゃんが立ち上がり、強引に彼の口内へペニスを突っ込んだ。
そして僕は、彼がそのまま腰を振って達したのを見てしまった。
一体何だろう。この光景は。
「……さい、っあく…ケホッ、」
「ごめんって風間くん。ここに出しなよ」
「にがぁい…」
しんちゃんが持ってきたティッシュの上に、風間くんの口から白い何かが落とされる。
その瞬間、しんちゃんと目が合った気がして僕は思わず後ずさった。
心臓が跳ねるように煩くなって、世界がそれに支配される。
本能的に、このままこれを見ていると呑まれてしまうと思った。
荒い息のまま踵を返し外へと出る。
僕は玄関扉を閉じて寄りかかり、両手で顔を覆った。
(これは、悪い夢だ...)
あり得ない、気持ち悪い、おぞましい何か。
しゃぶった時の粘着音が耳に張り付いて離れない。
仕方ない、財布は今日は諦めよう。
気合いさえあれば何でもできると、歩いて自宅まで帰ることを決めた僕は、酷い虚無感の中、家路を目指してフラフラと足を動かした。
翌日。
気まずいながらも朝一で財布を取りに、僕は再び彼のアパートへと訪ねた。
その際に僕は恐る恐る
「しんちゃんと風間くんって付き合ってるの?」
と聞いてみた。
「んもぉ、何おかしなこと言ってんのマサオく〜ん。頭でも打ったぁ?ほんと変な子ねぇっ」
と頬を赤らめたしんちゃんの、普段と同じふざけたような返事に、あぁ昨晩のアレはきっと夢だったのだと思い安心した僕は思わず涙目になっており、しんちゃんによしよしと頭を撫でられてしまった。
いつも通りの彼のその姿に余計に涙が出てしまって。
可笑しいなあ、僕はこんなにも泣き虫だっただろうか。