短編

□友達を前提に
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平日の昼時。
あまり人がいない時間帯を見計らって、俺はこの店を訪れる。
あまり客が多い時間にくると、お目当ての彼と長い間話ができないからだ。


見慣れた店の扉を開くと、涼やかなベルの音が鳴り響く。
その音と共に、俺が会いたくてたまらなかった彼が振り向いた。


さらりとした艶のある藍色の髪に、丸くて綺麗な宝石のような瞳。
ブラウスの袖から伸びる腕は、服の白さに負けず劣らず真っ白だ。


ゆっくりと瞬きをしてこちらを見た彼は、またかと怪訝そうに眉根を寄せた。
もはや隠そうとすらしない嫌悪感を身体中に浴びながら、俺は腕をいっぱいに広げ彼に向かって叫んだ。



「風間くぅぅぅぅぅぅんっ!!今日も世界一可愛いゾぉぉぉぉぉっ!!」

「うるせぇぇぇ!!」



*****



俺が風間くんと出会ったのは、つい三ヶ月ほど前。

俺の友人であるチーターこと河村の知り合いが経営しているというメイド喫茶に遊びに行ったときの事だった。


俺自身、メイドなんかになんら興味はなかったのだが、可愛い女の子がいると聞けば行かない訳にはいかない。

だが河村に連れられ入った店はなんと、男性が女装をしている、所謂男の娘メイド喫茶だったのだ。

見事に裏切られたその腹いせに河村を無視し、踵を返して足早に立ち去ろうとした矢先に出会った女神天使、それが風間くんだった。


可愛らしく品のいいデザインのメイド服に身を包み、優しい微笑みで紅茶を運ぶ彼に、俺は一瞬で心を奪われてしまったのだ。

それからは週に七回のペースで店に通い、今ではごく少数の客にしか与えられない超スペシャルカードを所持するまでになった。


通い始めの頃は笑顔で接客してくれた風間くんも、回数を重ねる毎に俺のしつこさに呆れたのか、今では笑顔すらつくらない。

しかし俺からすれば不機嫌な顔も可愛いし、何より風間くんが素の表情を見せてくれるのがとても嬉しく、今の対応には何の不満もなかった。


厨房間近のいつもの席に座ると、風間くんがメニューを持ってきた。


「ご注文は?」

「んもぉ〜、分かってるくせにぃ」

「すみません、よく分かりません」

「相変わらず冷たいですなぁ。もっと貧血に対応してよ」

「ふんっ、それを言うなら親切だろ?」


とてもメイド喫茶の従業員とは思えないほど冷ややかな受け答えをする風間くんに、俺はそぉともゆ〜と笑いながらホットコーヒーを注文する。

持っているメモ帳に乱雑な字でコーヒーと書いた風間くんはこちらに背を向けた。
厨房へ向かう彼の背中に向かって、俺はいつも通りに話しかける。


「ねぇ風間く〜ん。いつになったらオラとデートしてくれるの?」

「うちはそういうお店じゃないんで」

「じゃあそういうお店にしちゃおうよ」

「お前そろそろ出禁にするぞ」


相変わらず無愛想な態度の風間くんに、俺は苦笑を浮かべた。

それでも、こうして自分の相手をしてくれるのだから彼は本当にいい人だと思う。
つい最近までは、入店時と注文以外で話すことなんかしなかったというのに。

通いつめてようやく、軽口を叩いたりする仲にまで発展したのだ。
これまでと比較するといい関係になったと思う。


コーヒーの入ったカップをお盆に乗せ、こぼさないように慎重に運ぶ彼の仕草がいじらしくてつい口角があがる。


「はい、ホットコーヒーです」


同じ成人男性とは思えないほど高く綺麗な声と共に、目の前にコーヒーが置かれる。


「あ、ちょっと待ってよ」


カップを置いてそのまま立ち去ろうとする風間くんに呼びかけると、軽く首を傾げられた。


「なんですか」

「あれやってよ、あれ」

「どれ?」

「美味しくなぁれ♡ってやつ」


メイド喫茶での定番のやり取りだ。

俺が手でハートをつくって左右に揺らすと、風間くんはじとりと目を細めた。


「僕そういうの得意じゃないんで、他の子に頼んでくださーい」

「いいじゃないのぉ、オラは風間くんにやってほしいんだぞ」

「全く意味が分からないな」


呆れた表情で俺を見つめる風間くんの後ろから、背の高い黒髪の男が突如声をかけた。


「風間くん。お客様のご希望。ちゃんと応えなきゃ」


店の奥から聞こえる声の主は、このメイド喫茶の店長で、河村の友人、ボーちゃんと呼ばれる人だ。

俺も数回会ったことがあるが、気さくで人当たりがよく、その独特な雰囲気から優しい人間だということがすぐに分かった。

ストーカーのごとく店に通う俺を追い出すこともせず、むしろ自分と風間くんのやり取りをにこやかに眺めているところから、のんびりとした性格のようだ。


「お客様は。何よりも大切」


厨房から顔を覗かせたボーちゃんは、少し困った表情で風間くんに言い聞かせた。


「えぇ...だってコイツだよ?」

「お客様に向かって。コイツなんて言っちゃダメ」

「........」


さすがの風間くんも店長には逆らえないのか、暫く顔を顰めたあと、渋々手でハートをつくった。


「い、今からこのコーヒーに、美味しくなる魔法をかけます」


じわじわと頬を赤く染めながらたどたどしく告げられる魔法の言葉に、俺の口角も徐々に上がっていく。

俺の視線に気づいたのか、風間くんはさっと顔を逸らした。


「おいしくなぁれ、萌え萌えキュンっ!」


さすがに恥ずかしくなったのか、後半はやけくそのような口調で美味しくなる呪文を唱えられてしまうと、大好きな風間くんの照れ顔と、手でつくったハートマークが視界いっぱいに入り込んだ。

その二つの破壊力に、俺はそっと両手で顔をおおった。


「ほら、やってやったんだから残さず飲めよ!」


風間くんはそう吐き捨てると、お盆を片手に厨房へ逃げようとした。
俺は慌てて立ち上がり、咄嗟に彼の腕を掴む。

驚いて振り返った風間くんの赤くなった顔を見て、俺は店中に響き渡るような声で叫んだ。


「オラと結婚してください!!!」
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