短編

□二人のセカイ
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俺はその日、生きる意味を失くした。
目の前が見えなくなり暗闇だけがただ広がっていた。

あるのは、絶望のみ。

できることなら、もう何も考えたくない。
考えられなくなりたかった。








「しんのすけ。僕ね、ボーちゃんと付き合ってるんだ」



これ以上にない笑顔で。
嬉しそうに笑う風間くんに、俺は声を失ってしまった。



自分の感情が深い闇に何処までも、何処までも堕ちていくようだ。
正常な思考が保てなくなってしまう。



夢であってほしかった。
もしくは、このまま死んでしまいたかった。

















「ねぇ、海行かない?」

「えぇ?海開きまだだよ?」

「人少ないし、丁度いいでしょ」

「うーん。今日はボーちゃんも用事あって暇だし。たまにはしんのすけと二人で遊ぶのもいいかもな」




断られると思っていた俺の誘いが運良く風間くんを外へ連れ出した。



俺の運転で近場の海へと向かう。




「わぁ〜、晴れてると海もやっぱり綺麗に見えるね」

「そうだねぇ」



6月半ばで天気もいいというのに、今日は少し肌寒かった。

予想通り周囲に人の気配はなく、誰一人としてその場に居ることはなかった。



広い空間に、俺たち二人。
会話を交わすことなく、ただ海を眺めていた。


波が寄せ返す音を繰り返し奏でている。


海の鮮明な蒼が風間くんの白い肌に映っているようで、とても幻想的に見えた。




「なぁ、しんのすけ」



波の音にかき消されてしまうほどの声量で呟いた風間くんの声を、俺は聞き逃すことはなかった。





「ん?」

「しんのすけ、僕のこと好きでしょ?」





風間くんから出たその言葉はあまりにも静かで、落ち着いていて。

俺は何も言えなかった。




「僕はね、ボーちゃんこと大好きだよ。もちろん悪い部分も、丸ごと好き」




聞きたくなくても聞こえてしまう。
周りの雑音は聞こえないのに、風間くんの声だけハッキリと。




「しんのすけさ、多分僕のことまだ好き足りないんだと思うよ。ちゃんと好きになってみろよ。僕の居場所ごと、全部」





声が出ない。声が出せない。

冷たい風が俺の体温をどんどん奪っていく。

視界が霞んでいく。




挑発されているのか。馬鹿にされているのか。


好き足りない....?
死んでもいいと思えるほどに好きだったのに。
何もかもを犠牲にできるほどに愛していたのに。




俺の気持ちは、感情は。


儚くも、報われることはなく届くこともなかったんだ。


最初から風間くんの目に俺は映っていなかったんだ。





永遠に実ることはない。
永遠に手に入ることはない。




どこか遠くに行ってしまいたい。
風間くんを連れ去ってしまいたい。

この二人だけの空間を手放したくはない。
誰にも邪魔されない、二人だけの場所。



誰にも邪魔されない...?



どうすれば俺だけを見てくれる?
どうしたら俺だけを考えてくれる?


どうすれば、どうすれば、どうすれば。


いくら方法を探したって、望みはない。







なら、いっそ。
このまま二人で死んでしまおうか。


そのほうが生きているより、楽。








気付くと俺は、目の前の小さな身体を抱き締めていた。
















深い深い海の底で、綺麗に眠る鮮やかな蒼い君の寝顔は、笑っているようにも見え泣いているようにも見えた。
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