名前のない喫茶店

□ナポリタン
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  ナポリタン





「なんか、スッキリしました!」

「そう…良かった。」

嬉しそうにお会計を済ませた麻央の言葉に
美優紀は微笑んだ。

その隣で、夢莉は膨れっ面。


「食事の邪魔をするなって言ったやろ!」

美優紀に怒られた凪咲がすみませーんとヘラヘラ帰って行ったのはついさっき。

夢莉もねちねちと文句を言われ、この顔である。



「…でもね、麻央ちゃん。余計なお世話だったら申し訳ないんやけど、本当のことが知りたくなったらまた来て欲しいねん。」

「…本当のこと?」

「うん。麻央ちゃんがちゃんと失恋に向き合って、全て受け止める自信ができたら、また来て欲しい。」

「…分かりました。」

麻央は、何か凄みのある美優紀の言葉に頷くしかなかった。
そして、ありがとうございました、とお店を出ていった。

「よし、片付けしよう。夢莉は彩ちゃん呼んできて。」

「…」

「もー…ごめんって、別に邪魔してへんかったんやな?よしよし。」




それから、麻央がやってきたのはすぐだった。


カランコロン


「ちょっと彩ちゃん!あかん!これもう限界!」

「待って!夢莉のおかゆ作ってんねん!」

「え!夢莉今1人なん?」

「せやねん!やから急いでんねん!」

「いやでもやばい!水止まらへん!このままやったらトイレ水浸しや!店がプールになる!」

いつになくばたばたと騒がしい喫茶店は、
お客が来たことすら気づいていない。

「とりあえず業者呼んだで!ん?あれ、、

…あ!美優紀!お客さん!この前ガン泣きしてた!」

その言葉に麻央は赤面した。

「え?あ!麻央ちゃん!ごめんなぁ…見たら分かると思うねんけど、今こんな状態やねん。」

お手洗いから顔を覗かせた美優紀は困ったように眉を下げた。
その服はびしょびしょに濡れている。

麻央は、このパニックが不憫に思え、何か手伝えないかと考えた。

「あ、いや…出直してもいいんですけど、よければ、夢莉ちゃんの様子見てきましょうか?」

「え?」

「私、看護師なんです。」

キッチンからは、まじで?という彩の驚く声がした。

「ほんまにー?じゃあごめんけど、お願いします!そこの階段上がって正面の部屋に居るからー!」

「私もすぐ行きます!」

「はい、お邪魔します。」

麻央は、カウンターに用意されていた経口補水液と洗面器を持って階段を上がっていった。

ガチャリ

「ん、、、さやか」

「ううん、彩…さんは下でおかゆ作ってる。」

「あ、まおだ。」

「覚えててくれたん?」

「うん。」

夢莉は力なく笑った。

「しんどいね、暑い?寒い?」

「さむい…」

「分かった。」

きっとまだ熱が上がりきっていないと踏んだ麻央は、夢莉の体を冷やすのをやめ、近くにあったタオルケットをかけた。

「お水飲める?」

「うん。」

水を飲み横になった夢莉は、麻央をじっと見ている。

「まお…あのね、ももかは、なかせるつもりじゃなかったって」

「…ん?」

「ひどいこといってごめんなぁって」

「夢莉ちゃん?」

「…いってええの?」

「?」

「つくえのひきだし、にばんめだって。」

「え?何が…」

ガチャッ

「すみません!お待たせしました。」

「あ…いえ、、。」

「夢莉、ちょっとでも食べ?」

「ん…いらへん、、」

「食べさしたるから、な?」

「んー…」

彩と夢莉のやりとりを見ていた麻央は、そろそろお暇しようと声をかけた。

「じゃあ、、私はこれで。」

「ご迷惑をおかけしました。何もお構い出来ずにすみません。また、来てください。」


その帰り、麻央は夢莉の言葉を反芻していた。


“つくえのひきだし、にばんめ”
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