名前のない喫茶店

□チョコレート
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  チョコレート






数日後の昼下がり。
この日もキッチンから美優紀の鼻歌が聞こえていた。


カランコロン


「いらっしゃいませ。あ、またいらしてくださったんですね。」

「はい。居心地が良くて。」

訪れたのは、夢莉を助けてくれた女性だった。

「そういえば先日は、夢莉を助けてくださったとお聞きしました。」

「…あ、あー、、いえ、そんな。」

「ありがとうございました。」

美優紀にペコリと頭を下げられ、女性は困った顔をした。

「あの、それなんですけど…」

「はい?」

「あの子…えっと夢莉ちゃん?とお話ししたくて。」

美優紀は不思議そうな顔をした。




夢莉は彩に抱えられて現れた。

「あ、おねえちゃん。」

「こんにちは。」

「こんにちは!」

夢莉は女性が座るテーブルの前に降ろされた。

「じゃあ…ゆっくりどうぞ」

彩も不思議そうに女性を見ながらカウンターへ歩いていった。

「夢莉ちゃん、お姉ちゃんとちょっとお話ししてくれへん?」

「うん、いいよー。」

「ありがとう。」

「おねえちゃん、おなまえは?」

「私は里歩。」

「りほ!ちょこれーと、おいしかった?」

チョコレート。
里歩は、そのことがずっと気になっていた。

“なかなおりの、ちょこれーと”

あの日、夢莉にそう言われて手渡されたチョコレートは、胸をふんわりと温かくした。

「うん…おいしかったよ。」

「…かなしいの?」

夢莉は里歩の反応に首を傾げた。


ただの偶然かもしれない。
チョコレートをあげる行為は、驚くほど特別なことでもない。
偶然ならそれで良い。でも偶然じゃないのなら…。里歩は、夢莉に尋ねた。


「、、あのさ、どうして夢莉ちゃんは私にチョコレートをくれたの?」

里歩の顔は、夢莉の言うように悲しそうだった。

「…んー、、。」

夢莉は少し悩んだ。

「おこらない?」

どうやら、里歩に怒鳴られたことを気にしているらしい。

「うん。危ないことせえへんかったら怒らんよ。」

「ん、わかった。
…あのね。
りほと、なかなおりしたかったら、ちょこれーとをわたしって、まゆがいったの。」

「…」

「…おこった?」

「、、ううん。夢莉ちゃん。それ…」

里歩は鞄から手帳を取り出した。
夢莉の前に写真が差し出される。

「この人?」

「そうやで、まゆでしょ?」

偶然じゃ…なかった。

里歩の胸がドクンと高鳴った。




喧嘩をして出ていった恋人。

次に会ったのは、暗くて寒い、霊安室だった。

「これ、持ってたんやって。」

恋人の母親に泣きながら渡されたのは

2人で決めたルール


仲直りの、チョコレート。





「茉由はな、めっちゃ面白い奴やってん。」

「そうなん?」

不思議な力を持つ夢莉を前に、里歩は茉由の話をし始めた。
何故か茉由を知るこの子に聞いて欲しかった。

「そう、いっつもどうやったら人を笑わせられるか考えててな?ほんで…」

里歩は、夢中になって話をした。
夢莉も、その話を楽しそうに聞いた。




里歩とキャッキャっと楽しそうに話す夢莉。


そんな2人を美優紀と彩はカウンターから優しく見つめている。


美優紀は彩の方を見て、ふう、と小さくため息をつき微笑んだ。
それを見た彩も、少し眉を下げ微笑んだ。


彩はカウンターの引き出しから何かを取り出した。


その手には、彩と美優紀、そして2人に挟まれた茉由
制服を着た3人の弾ける笑顔が写る写真が握られていた。
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