さよならの向こう側

□番外編
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  疑惑





それは、ある晴れた日曜日のこと。


ピンポーン


誰やろ?宅配便かな〜
覗き穴を覗くと、え?夢莉ちゃん?


ガチャ


「夢莉ちゃんどうした…って何その荷物。」

食い気味で入ってきた夢莉ちゃんの手にはスーツケースが握られていた。


「菜々さん!しばらく泊めてください!」


「…は?」





とりあえず迎え入れて、ざっと片付けたリビングに座った夢莉ちゃんにお茶を出す。

「ありがとうございます。」

「…で?何があったん。」

夢莉ちゃんはお茶を一気飲みして、怒ったように私を見た。

「彩ちゃんが朝帰りしたんです。しかもキスマークつけて!」

「え、嘘…まじ?」

その言葉に私は驚くってもんじゃない。
彩がそんなことする?
にわかに信じがたい。

「あんなに夢莉ちゃんのこと好きなのにそんなことある?何?飲み会?」

「はい。定期的なやつで、偉い人来るから断れないっていうあれです。またベロベロに酔ってたらしいんですけどね?」

うーん…
昔から彩は積極的に遊ぶようなタイプじゃないけど、結構モテるし、、。
それなりには、話を聞いたことがある。
酔ってたら信じられない部分も…まぁ多少は。
何があったにせよ、朝帰りは心配するし。

「夢莉ちゃんいるのに…なんでそんな時間になったか聞いた?」

「なんか、多分酔って駅前で爆睡してたって言ってたんですけどあんまり覚えていないらしくて。
キスマークなんかつけてきたらそんなん信じられないじゃないですか!
そもそも駅前で爆睡とか危ないし!
まじでぜんっぜん帰って来ないからほんとに…本当に心配したのに!!」

夢莉ちゃんはぷんぷん怒っている。

そして、さっきから夢莉ちゃんのポケットではずっとバイブが鳴っている。それをフル無視する夢莉ちゃん、なかなかやるな…


私がどうフォローするか、彩になんて聞こうか考えていると、夢莉ちゃんが、あ!と何かを思い出したようだ。

「写真も撮ったんです!」

「写真?」

「ほら!」

夢莉ちゃんはずっと震えていたスマホを取り出した。
あ、今絶対彩の連絡拒否したな…
苦笑いをしながら差し出されたスマホの画面を覗く。

「んー…。」

確かに首から鎖骨にかけて赤い跡が点々と離れて3つ付いている。傷跡っぽいそれは、キスマークと言われれば、そう思える。

「彩はこれ知ってんの?」

「はい。見せたら驚いてて、こんなもの知らん!って。
それは…嘘ついてるとは思えないけど。
そもそも記憶が無いにしても、そんなことするのは絶対だめです!」

「まぁ、そりゃそうやな。」

これは本当に夢莉ちゃんが言うように、、
もう一度画面をじっくり見てみる。

「ん?けどなんか、、なんか、いびつやな?」

怪我とは思えないけど、キスマークにしては不揃いすぎる大きさ。

「そうですか?」

「1番下の赤いところの下あたり、掻き毟った痕も無い?」

「え?うーん確かにそうですね。」

夢莉ちゃんも、もう一度その写真をじーっと見る。
とはいえ、こんなに点々と赤い傷が付くわけないし。やっぱり…


ブーッ、ブーッ


夢莉ちゃんのスマホが震えなくなったと思ったら、私のスマホが鳴り始める。
誰かは予想がつくけど、一応確認するとその通り。

「…夢莉ちゃん、出ていい?」

「はい。」

「もしも…

(ちょっと!山田助けて!)

「は?」

(なんか、ブツブツがすごいねん!痒いし痛い!ってか夢莉そこおらん?)

「いや、来てるけど、、」

(勘違いやから!まじで!帰ってきたら分かるから!)

彩の必死な声はスピーカーにしていなくても部屋に響いている。

「…だって、聞こえてた?夢莉ちゃん。」

「はい。」

「行ってみる?」

「…はい。」



ガチャ




「彩ー?夢莉ちゃん連れてきた、、
って!何それ!」

「え、彩ちゃんそれどうしたん?」


玄関で待ち構えていた彩は上半身裸で。
その体は真っ赤。

首どころじゃない、
胸のあたりからお腹の手前まで、赤い湿疹がたくさん。

「なぁ、夢莉!これ絶対キスマークちゃうって!…あぁ!痒い!」


いや、、やっば。
地図みたいに広がっている湿疹。
キスマークだと思っていたところも、もうその面影は無く、ありえないほど湿疹が広がっている。
痒い痒いと悶えている彩を見ると…なんか…


「ぶっ、、」

「あははっ」


夢莉ちゃんも怒っていたことなんて忘れたようで、彩を見ながら2人で爆笑した。

「おいっ、笑い事ちゃうねん!」

彩の悲痛な叫びは、私たちの笑い声にかき消された。



私がいつもお世話になる皮膚科に連れて行くと、先生は彩を見るなりクスクス笑った。

「これ、毛虫だね。何か心当たり無い?」

「えー?心当たり…
あ、、酔って駅前の垣根に身体突っ込んで寝てたから…」

「たぶんそれだね。そこに毛虫が居たんでしょ。毛虫もいい迷惑だわ。
これねー、ガムテープみたいなので、毛虫の針を取ってみてね。すぐよくなるよ。あと一応塗り薬出しとくから。」

「…はい。」

看護師さんにも大変だったね〜と笑われて、
彩はしょんぼりと診察室を出た。



「…なんで中まであんたらが着いてくるねん。」

「ぷ、心配やからやーん」

「そうですよねー?彩ちゃんのことがそれはそれは心配で。毛虫に付けられたキスマークやったんやね〜」

「…」

彩は夢莉ちゃんの言葉にむっとしたようだったけど、何も言わずにはぁーっとため息をついた。

夢莉ちゃんはそんな彩を少し嬉しそうに見ていた。


お会計の待ち時間。
夢莉ちゃんがお手洗いに立った時、彩が私に話しかけた。

「夢莉が押しかけて行ったんやろ?迷惑かけたな。当分お酒は控えるわ。」

「ほんまに彩がキスマーク付けてきてたら、私彩に何するかわからんかった〜。」

「…私さ、」

「ん?」

「夢莉を裏切ることは絶対せんから。」

「…ふふ、分かってる。」


分かってるよ。
それは夢莉ちゃんだってきっと。


「夢莉ちゃんが怒ったのはキスマークもやけど、全然帰ってこない彩に何かがあったんじゃ無いかって、心配したからやろ?」

「…うん、そうやな。」

彩は目を細めて優しく笑った。


「お待たせしました〜。さ、帰りましょう。」

お手洗いから帰ってきた夢莉ちゃんを見て、椅子を立つ。


彩がそっと近づいて、夢莉ちゃんの手を取ると、夢莉ちゃんは少し驚いたように彩を見て、その手を受け入れた。

「彩ちゃん、あんまり掻いたらだめって先生言ってたやん。」

「まじで痒い。くそ、、最悪や。」

「いい勉強になったんじゃない?駅前の垣根は毛虫がいるって。」

「お前な…」

手を繋いだままこんなしょうもないことで言い合う2人が微笑ましい。
私は2人の少し後ろを笑いながら着いて行った。
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