さよならの向こう側

□番外編 何気ない日常たち
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「ただいま〜」

あれ?部屋は真っ暗で返事がない。
こういうことはたまにあるし。買い物かな。

リビングの電気をつけると、脱ぎ散らかされたカッターシャツがソファーにだらんと座っていた。

こんなに慌てて…
なんか急な用事やったんかも。

洗濯するつもりだろうけど
どうしよ、とりあえず畳んでおこう。



あ、、

…彩ちゃんの匂いだ。


持ち上げたシャツを顔に近づける。

タバコの匂いもすごいけど、、それ以上に甘くて安心するいい匂い。

いちばん、好きな匂い。



ちょっと…だけ。



袖を通して息を吸い込むと、彩ちゃんに包まれているみたいに胸がいっぱいになる。

これ、、いいかも。



ガチャ

「え」

ドアの音に振り返ると、いかにも寝起きって感じの彩ちゃんがこちらを見ていた。

「…ゆーり、帰ってたん?ってか何してんの。」

「彩ちゃんこそ、、」

「私は…寝てたけど。」

あぁ、なるほど。慌ててたんじゃなくて、畳む気力もなかっただけね。
…じゃなくて。
彩ちゃんは私が袖を通しているシャツをガン見している。

「…」

「……なに、してんの?」

心底不思議そうに首を傾げられた。
何って、、、
顔に熱が集まる。

「…私のよな?それ。」

「う、うん」

「……なんで?」

「えっと、、」

反応に困っていると、彩ちゃんは眉を下げて私を見る。

「それ汗臭いし。着たいなら洗ったやつ持ってくるけど。」

「…」

着たいっていうのは間違ってはない。
けど、、そういうことじゃなくて。

適当にごまかせればいいんだけど、良い言葉が浮かばなかった。

「?」

「これ、がいい。」

「なにそれ。変な奴やな〜」

そう言いながら彩ちゃんが目の前にやってきた。
こんなにくりくりの目に見上げられると、何故か少し後退りしてしまう。

「何?なんで?なんでこれがええの?」

「…」

「ちゃんと言いや〜、気になるやん。」

きっと彩ちゃんは理由を言うまで引かない。

「、、笑わない?」

「なんでよ、そんなに変な理由?」

「…」

「分かった、笑わんって。」

「…彩ちゃんの…匂い、、するから…」

彩ちゃんがキョトンとする。

「私の匂い?」

「うん…包まれたくて、、」

恥ずかしくて、視線を逸らすと、
クスッと聞こえた笑い声。

「笑わないってやくそ…っ」

「こっちでええやん。」

ふわっと香る甘い匂い。
さっきよりも、もっと強くて、心地いい。



目を閉じて、息を吸う。



首にくっつく彩ちゃんの腰に手を回すと、
またクスッと笑い声がして、ぎゅうっと抱きしめられた。
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