チョコレート
昼下がり、美優紀は鼻歌を歌いながらキッチンに立っていた。
カランコロン
「なぎちゃんおかえりー、頼んだものちゃんとあった?あ、、」
ドアベルの音に反応してキッチンから出てきた美優紀は、
扉の前に立つ目のくりくり大きな可愛らしい女性の姿に言葉を止めた。
そして、人違いに照れ、すみません、と笑った。
「お一人ですか?」
「はい。」
「お好きなところへどうぞ。」
女性はくるりと店内を見回し、迷いなく窓際の席に腰掛けた。
「ご注文はいかがしましょう?メニューはありませんので、お好きなものを。おすすめは、おまかせ、です。」
いつもの台詞を言った美優紀に女性はじゃあコーヒーをお願いします、と即答した。
美優紀はキッチンに入り、コーヒーか、と苦笑いをした。
カチャン、と小さく音を立てて、女性の前にコーヒーカップが差し出された。
「ありがとうございます。」
「ごゆっくり。」
美優紀は微笑み、女性の前を後にした。
コーヒーを一口。
女性はそのおいしさに目を見開いた。
そして、少し店内を見回して、長居しても良さそうな雰囲気を確認し、
鞄の中から取り出した手帳を開き、スマホと見比べながら何かを書き始めた。
小さく開け放たれた窓から風が舞い込んだ。
ひらり
手帳から落ちた写真。
落ちた写真には、女性の隣に別の人。
頬をぎゅーっと近づけ、2人嬉しそうにピースを向けている。
女性は落ちた写真のことに気づいていないようだった。
カウンターからひょっこり現れた夢莉が、そろりそろりと女性に近づく。そして、落ちていた写真を手に取った。
「おねえちゃん、おちてんで?」
「えっ?あ、、ありがとう。」
音もなく現れた夢莉に女性は驚きながら写真を受け取った。
「そのひと、、」
「…ふふ、良い写真でしょう?」
「うん!」
「あ、こら夢莉。やっぱりここにいた。脱走したらあかんて。すみません。」
「あーやだぁ〜」
夢莉は、夢莉を探して二階から下りてきた彩に抱き抱えられ、ジタバタしながら消えていった。
女性はその仲睦まじい2人の様子に小さく笑った後、拾ってもらった写真に目を落とした。
「…」
そして、写真を大事そうに撫で、また手帳に挟み込んだ。
「おさんぽー。」
「ちょ、、手、離さんでくれ…」
程よい風と照りつける太陽。
少し汗ばむ陽気だが、外の空気は気持ち良い。
彩と夢莉は2人で仲良く?お散歩をしていた。
「あー、ねこ。」
「ほんまや。可愛ええなぁ…あ、こら、夢莉!」
彩が猫に気を取られた瞬間、夢莉は1人でふらふらと歩き出す。
彩は焦って追いかけた。
「んー…あつ、、」
「あ!ちょっと夢莉あかん!」
彩が追いつく前に、
暑さにふらついた夢莉が車道に倒れかけた。
「夢莉っ!え?」
「わっ、、」
そんな夢莉の手を間一髪で引っ張ったのは、あのお客さんだった。
「あ…す、すみません!」
彩が慌てて駆け寄る。
「危ないやろ!」
女性が夢莉に怒鳴った。
夢莉の肩がびくっと上がり、そして、怯えたように女性を見たまま固まった。
「あ…危ない、、から。
何か考え事でもしてたん?お姉さんの手を離しちゃあかんで…」
女性はやってしまったと焦りを見せた。
夢莉の目には、今にも涙ぼれそうなほど涙が溜まっている。
「…怖かったね、ごめん。」
女性は夢莉の頭に優しく手を置いた。
夢莉は涙をぐっと我慢して、ごしごしと目を擦った。
「ん…おねえちゃん、ありがとう。」
泣かれるかと心配した女性は、夢莉の言葉に安心したようだった。
「、、うん。大声出して、ごめんね?」
そう言って立ち上がった女性は彩に会釈をし、歩き始めた。
「おねえちゃん、まって」
夢莉の声に、女性が振り返る。
「ん?」
夢莉は女性の元に駆け寄り、小さな手でポケットから何かを取り出した。
「これ、あげる」
「…これ、チョコレート?」
「うん。なかなおりのちょこれーと。」