名前のない喫茶店

□ハヤシライス
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  ハヤシライス





「へぇ…通りで死んだ茉由のことが分かったんや。」

「そうなんですよ〜びっくりしますよね。凪咲も、夢莉ちゃんとお2人に会って、後悔が無くなったんです!」

太陽が真上に登る頃
喫茶店はブラインドが半分閉められており、
その開いたところからは日差しが差している。

カウンターに並んで座り、里歩と凪咲が話し込むのを他所に
美優紀はお手洗いの掃除、彩はキッチンの道具を手入れしていた。

とてもお客が居るとは思えない店員2人の様子に違和感を持つ者はここには居なかった。



カランコロン



ドアベルの音に、キッチンに居た彩が出てくる。

「あー、いらっしゃいませー」

店員としては当たり前のセリフ。
それを彩の口から初めて聞いたことに凪咲は吹き出しそうになった。
あーって何やねん、やる気なさすぎやろ、とクスクス笑う。

そんな凪咲を一瞥し、彩はお客に目を向けた。


「おぉ三田と…えーと、、初めて?ですよね。」

お店に入ってきたのは麻央ともう1人。
華奢な体にすらっとした鼻筋。誰が見ても美人と言であろう女性だ。

「こんにちは。こちらは、村瀬紗英さん。」

「こんにちは。」

紹介された紗英は、ペコリとお辞儀をした。

カウンターに座った2人。
注文はー?と訊く彩に
麻央はナポリタンを、紗英はおまかせを注文した。

「あー、あたたた、、腰いたい…あれ、お客さんやん。え、彩ちゃんが注文取ったん?」

カウンターに並ぶお客さんを見て、美優紀は目を丸くした。

「はい、ちゃんとやってましたよ。」

凪咲は馬鹿にしたように笑った。

「彩ってそんなにサボりなん?」

里歩が尋ねると、そりゃもう、初めて見ましたよこんな姿、と凪咲が答える。

「うわっ」

どこからかスプーンが勢いよく飛んできて、凪咲の腕に当たり、机の上でカランカランと音を立てた。

「いったっ!」

凪咲は腕を押さえて痛がった。

「き・こ・え・て・る」

キッチンから覗いた彩の不気味な笑顔に鳥肌が立った凪咲は口をつぐんだ。


「変な質問かもしれへんけど、どうして2人でここに?」

美優紀は麻央と紗英の方を向いて尋ねた。
その質問に答えたのは紗英だった。

「噂を聞いたんです。幸せになれるっていう喫茶店の話を。
私、姉が亡くなったことでちょっと悩んでて…それで、麻央ちゃんに相談したら、ここに連れてきてくれたんです。」

「なるほど、そうなんですね。
ふふ、幸せになれるなんて、そんな嬉しい噂があるんですか。
すぐ料理をお持ちしますから、ゆっくりしていてください。」

美優紀は紗英の言葉に嬉しそうに微笑んでキッチンへ入っていった。


「お待たせしましたー」

やってきた彩の手には、ナポリタンとハヤシライス。


「えー!ほんまや、何で分かったん?!」

紗英はハヤシライスを見て感嘆の声を上げた。

このハヤシライスは、お姉さんの得意料理で、幼い頃から大好きだったらしい。

本当にこんなことってあるんですね、と紗英はペロリと平らげ、既に二杯目を頬張っていた。




「お姉ちゃんと話したいんです。」

その言葉に、彩は顔を曇らせた。

「うーん、確かに、私たちは幽霊が見えるけどな、、会話できるのは夢莉だけやねん」

「あ、そうなんですか?」

凪咲が驚いたように声を上げた。

でも凪咲は確かにそうだったかも、と思った。
夢莉はよく、柊、百花、茉由とブツブツ言っているけど、美優紀と彩の発言は、会話をしている風ではなかった。

「夢莉って?」

紗英は初めて出てくる登場人物に首を傾げた。

「あぁ、夢莉ちゃんはふたりの…子ども?」

凪咲は自分で言っておいて頭にはてなマークを浮かべた。
でも、美優紀が親子と言っていたし、間違いないかと自己解決し、続ける。

「夢莉ちゃん、可愛いんですよー!もー凪咲メロメロ!」

「そういえば、今日は見ませんね?お昼寝ですか?」

麻央が問いかけた。


「いや夢莉…なんかいつもより調子悪いねん。たぶん風邪っぽい。会わせてあげたいけど、今はちょっとなぁ。」

「そっか〜残念。」

紗英は肩を竦めて腕時計を見た。
あ、やば、と呟いて立ち上がる。

「仕事の合間なので…すみません。失礼します。」

「また来てくださいね。」

彩はそう言ってはーい、と返事をする紗英を見送った。





その夜のことだった。

「あれ、電話だ。」

麻央は携帯が鳴っていることに気づいた。

「?」

そこには知らない番号。

「はい、三田です。」

「あ、麻央ちゃん?ごめんね夜遅くに…」

「美優紀さん?

…え、夢莉ちゃんが?」

それは、美優紀からの電話だった。

夢莉の具合を見てほしいと懇願する美優紀の不安そうな声に焦った麻央は、
何故美優紀が麻央の番号を知っていたのか疑問に思うことなく喫茶店へと急いだ。
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