始まり
「これ、やっておいてくれん?」
そう言われて差し出された資料の束
うわ、、最悪。なんて思う気持ちと
この人に頼まれたならやってあげよう、と言う気持ちがぶつかり合う。
この人がこのチームのリーダーになってから業績がぐんと上がって、環境がすごく良くなった。
いや、正しくは環境が良くなったから業績が上がった?
まぁどっちにしろ、この人が他人は他人っていう雰囲気があったこのチームを変えてくれたのは間違いない。ほら、今話題のサーバント・リーダーだっけ?
本当にすごい人だと尊敬している。だから、この人のためならちょっと無理しても何かしてあげたいと思う。
だけど流石にこの量の仕事は…
今日は残業だなぁと思いながら席に着く。
家庭を持ってるわけじゃないし、家に帰ったってどうせ寝るだけだしいっか。
その人は1人離れた机で黙々と作業しつつ、気になった人に声をかけて回っている。その姿は嫌でも目に入るし、スマートで格好いい。
あー…私にも労いの言葉とかかけてくれんかなー…
カチャカチャとパソコンと向かい合って集中しているうちに、いつの間にか定時は過ぎていて私の島の人たちはみんな帰ったようだった。
あれ、私ちゃんと挨拶返したかな…
「きゃっ」
首にキュッと冷たい感触がして振り返るとそこには優しい微笑みでこちらをみているリーダーがいた。
「さ、さやかさん。お疲れ様です。」
「ごめんごめん、めちゃくちゃ集中してやってるから邪魔しいひんようにしようかと思ったんやけど、あんまり根詰めてやるのも良くないと思って。」
はいって渡されたのはペットボトルのレモンティー。
あ…私がいつも飲んでるやつや。
誰にでもこうやってしてるはずなのに、私をちゃんとみてくれていたことに胸が高鳴る。
「私が押し付けちゃった仕事やし、残業させちゃって申し訳ない、、ひと段落したからもらってくわ。」
そういって残っていた資料を持っていこうとするから
「あ!ダメです!これは私の。さやかさんは自分のをしてください。」
無理やり取り返す。
きっと忙しい人だし、上の立場の人だから、まだまだやることはいっぱいあるはず。
面倒だと思っていたけど、それとこれとは話が別だ。
「そう、、?ごめんなぁ、ありがとう。渡辺は仕事早いし正確やからつい頼っちゃうねん。」
そんなこと言われたら舞い上がってしまう。
この人にとって私がそういう存在だとわかって嬉しくなる。
あぁ、効率のいい女でよかった。器用貧乏なことを短所だと思っていたけど、この時ばかりは感謝する。
社会に出て褒められたことなんてなかった。この人に会うまでは。
だから私は知っている。この人は同じチームの私たちだけじゃなくて、会社の中で有名でモテるということを。そして、私のこの気持ちは届くはずもないということも。
頼むなぁ〜って言いながら席に帰っていくさやかさん。
その姿にポーッと見とれていると
パッと振り返って目があった。
その顔はいつもより少しだけ強張っていて、まとう雰囲気がグッと変わったように感じた。
え?何?
「あ、、とさ、終わったら声かけてくれん?」
「あ、はい。」
「この後、用事ある?」
「いえ、ないですけど…」
「ちょっと、飲みに行かん?えっと、その…話したいこともあるし…」
モゴモゴと最後の方は聞き取れないくらい小さい声で言うさやかさん。
赤く染まった頬と、照れ笑いのような笑顔に、もしかして…なんて期待してしまうのはきっと私だけじゃない。
それから、2人が恋人となるのは
遠い未来ではなかった。