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□事務所の休憩所にて。
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『ふぅ…』


一息ついて、私は事務所の休憩所にある大きな窓の前に立った。

窓の外を見ると、キラキラとした夜の都会の街が広がっている。ふと腕時計を見ると、すでに24時を回るところだった。



あー。つかれた。でもまだ帰れないよね。


今日はとある打ち合わせで先輩と共に事務所の会議室を借りている。とても大事な打ち合わせなのだが、あともう一歩というところで誰も良いアイディアが出ない。
面白い企画なので必ず成功させたいのだが…

行き詰まった会議から少しだけ逃れようと、私は休憩所に来た。


窓の外は眠らない街、東京。
私はこの幾千もの光の中の一つ。

ふと、自分の小ささに気づく。
この中の何人が輝きながら仕事してるんだろ。私なんかちっぽけな存在なんだよな。やば。なんか弱気かも、今。


…なんか、やんなっちゃうな。




「おつかれーっす」
『うわ!!』


急に背後から声が聞こえ、ボーッとしていた私は飛び上がってしまった。


「えっそんな驚く?!」
『兼近さん…』


そこにいたのは今をときめくお笑い第7世代のメンバー、EXITの兼近さんだった。

私が予想以上に驚いたらしく、丸く目を見開いている。


『ご、ごめんなさいちょっと考え事してて…!』
「足音聞こえなかったの?考え込みすぎじゃね?」
『す、すみません驚かせちゃって』
「いや逆にこっちが驚かせちゃったから、ごめんごめん」


そういって兼近さんは休憩所にある自販機で飲み物を買い始めた。


「仕事?こんな時間まで」
『そうなんですよ。ちょっと企画が立て込んで。なんとか明日までに案を出したいんですけど…』
「その様子だと、行き詰まってんだ」
『そうなんですよね、なかなか…』


兼近さんは買った飲み物の蓋を開け、グイっと飲む。ピンクの髪が揺れるのをなんとなくじっと見る。


『そんな兼近さんは、打ち合わせですか?こんな遅くまで』
「そうね、俺も打ち合わせ」
『お互い大変ですね…私、心配です』
「なにが?」
『兼近さんが』


俺?といって兼近さんは私を見た。


『はい。だって、EXITのお二人をテレビで見ない日はないですよ。てか、今日も朝の生放送見ましたよ。それでこんな遅くまでお仕事してるなんて…』


第7世代を引っ張っているEXITのお二人なんか、今やお笑い芸人という垣根を超えてアイドル並みの人気さだ。
お二人のイケメンさには脱帽するし、渋谷系チャラ漫才という新しいジャンルもめちゃくちゃ面白い。

まさに人気が出ないはずがないお二人。



『ほんと、ちゃんと寝てます?大人気のお二人が倒れちゃったらみんなどれだけ心配するか…』
「…」
『どんなに忙しくても、睡眠と食事だけは取ってくださいね?私が偉そうに言うことじゃないですけど』
「…」
『大事な時期に言うことじゃないかもですが、無理だけは絶対にしないでくださいね』
「あのさ」
『?』


勝手にペラペラと喋っていたら、ふと兼近さんが口を開いた。パッとそちらを見ると、大きな目がこちらをじっと見つめていた。


「それ、俺から名無しさんに言いたいことなんだけど」
『え?』
「他人の心配ばっかしてるけど、自分は大丈夫?」
『え…私は…』


別に慣れてますし…
そう言った私をまたじっと見つめて、兼近さんは先程操作した自販機でまた飲み物を買い始めた。

そして、出てきた栄養ドリンクを私に差し出してきた。


「ん」
『えっ』
「これ飲んで元気だして」



ぐいっと手元に押しつけられ、私は受け取る。


『えっえっ…私にですか?!』
「うん」
『え、すみませんなんか…!』
「いやこれくらい良いし」
『ありがとうございます…!』


あたふたしてると、兼近さんは休憩所にある椅子に座り、私に隣に座るよう促した。
少し戸惑いながらも、兼近さんの隣に座る。


「ほら、ちゃんと飲んで」
『えっ?あ、はい』


栄養ドリンクを飲むことを促された私は、蓋を開けて飲み始める。その間も、兼近さんはじっと私を見つめてくるのでなんだか気恥ずかしくなった。


『あの…そんな…見ないでもらっても…』
「俺は名無しさんが心配」
『え?』
「そうやって人の事ばかり心配する名無しさんはまじで優しい奴だと思う。でも、しっかり自分のことも心配して」
『私のこと…』
「そ。窓の外ボーッと見つめて俺の足音に気づかないとか、相当やばいと思うんだけど?」
『う…た、たしかに…』
「ちゃんとしっかり自分のことも見てやって?」



いつになく真面目なトーンで話す兼近さんを、私はじっと見つめかえす。



「俺はちゃんと見てるよ」



真っ直ぐ見つめられてそんな事を言われて。
胸が高鳴らないわけがない。



「まっあんまり頑張りすぎんなよ。睡眠と食事だけは大事、なんだろ?」



そう言って立ち上がった兼近さんは私の頭の上にポンと手を置き、フッと微笑んだあと休憩所をあとにした。


『……いやいやいや…』


惚れるだろ。
なんだあれ。
あんなことされたら誰でも惚れるだろ。

多分いま、私顔赤いわ。

カッと熱くなった頬に栄養ドリンクを押し当てて冷やし、心を落ち着かせる。


なんか、兼近さんが共演者やスタッフさんたちにも好かれる理由がわかったわ…。


もらった栄養ドリンクをグビリと飲み干し、もう一踏ん張りしよう、と立ち上がった。


END


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