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□目で追ってしまう。
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「おはようございま〜す」
『おはようございます!」


気持ちのいい朝、10時。
劇場にはどんどんと出番のある芸人さん達が楽屋入りしていく。

私はここの劇場でスタッフとして働いている。早いものでもう1年。

最初の頃は大好きなお笑い芸人のアシストをすることに喜びと戸惑いと感じながらも必死に動き回り、失敗して泣いたり上手くいって笑ったり、とにかく大変だった。

今は仕事にもだいぶ慣れ、やりがいを感じている。

1年も働いていれば常連となっている芸人さん達とも距離が縮まりつつあるのだが、中でも1番仲良くさせて頂いてるのが…


「あ、名無しさん。ちょっといいかな」
『はい!』
「ちょっと今日のコントで照明の変更点があって…」


ケータリングの準備をしていた私に話しかけたのは、四千頭身の後藤さんだ。

彼らは私がスタッフとして入ってきた時からこの劇場で出演しており、今をときめく大人気な第7世代のメンバーだ。

彼ら3人とは年齢もそこまで離れておらず世代が近いこともあって、他の芸人さん達よりも話が合う仲間になっていった。


「ってことなんだけど大丈夫かな」
『大丈夫ですよ、今日操作私なんで、うまくやります』
「直前にごめんね」
『全然!』


後藤さんとの打ち合わせをしていた時、奥からもう1人のメンバーが歩いてきた。


『あ、石橋さんおはようございます』
「おはようございます」


四千頭身のボケ担当、石橋さんだった。


「バシ、さっき話した感じで変更するからコント。名無しさんが今日操作してくれるって」
「あ、わかった。ありがとうございます」
『とんでもないです』


そして2人は楽屋へ戻っていった。





『…くぅ…』

今日も…今日とて…
バシさんがカッコいい…!

そう、私は石橋さんにお熱になってしまっていたのだ。

初めてお会いした時はちょっと人見知りで暗い方なのかな?って思ったけど、仲間同士で話してる時はよく笑うし意外と喋る。
そのギャップの笑顔が可愛くてときめいてしまった。

四千頭身さんとお話しを重ねていくたび石橋さんとの距離も縮まっていったのだが、あの緩い感じ、舞台袖でのシュッとした感じ、まだまだ少年な感じ、かと思えば急に大人な横顔…

極め付けは料理がうまいときた。
女子が好きになる要素ばかり。
これはときめかないわけがない…。


『ずるいよなあ…ずるいよお…』


1人でキュンキュンしながら独り言を言っていると…


「名無しさん?」
『ひゃ!はい!!』


後ろから石橋さんの声がした。
変な声だした!はっず!!


『なんでしょう!』
「今忙しい?」
『いえ!ぜんぜん!』
「ちょっとインスタ用の写真撮りたくて。撮ってもらえないかなって」
『あ、はい、もちろん!』


見ると後ろにも別の芸人さん。
言われるがまま、石橋さんのスマホを受け取り何枚か写真撮影に付き合う。


「ありがとう」
『いえいえいつでも仰ってくださいな』
「今日のケータリング、俺好きなやつ」
『えっそうなんですか?これ?』
「うん」
『え、じゃあ四千頭身さんが出番の時はこのケータリング毎回用意しときますよ』
「まじで?やった」


それから石橋さんと他愛のない話を続けたあと、石橋さんは楽屋に戻っていった。
最初の頃はこんなに石橋さんと話せるなんて思ってなかった。
あんまり笑顔を見ないから、笑うと可愛いんだよな、、

そんなこんなで、今日の劇場のスケジュールも全て問題なく進み、全組の芸人さんの出番が終わりお客さんもはけていった。










私は客席の掃除を済ませ、小道具等の確認も終える。
最後に芸人楽屋の掃除をするため、掃除道具を持って楽屋に向かった。


「」
『…?』


もう全員いなくなったと思った楽屋から声がする。少しだけ扉が開いてる。
都築さんの声、かな…?後藤さん?あの3人まだいるのかな…?


「いいじゃん。名無しさん」


ピクッ。

え…?
私の名前が聞こえた気がして、思わず扉の前で固まる。


「めちゃくちゃ良いと思うよ、俺。名無しさん。バシにお似合いだよな。なあつづちゃん?」
「うん俺もめっちゃ良いと思う。ずっと仲良くしてんじゃん、いい感じじゃん」


わ、私の話してる…?


「え、どうなのバシ的には。名無しさんは。彼女として」


なんちゅー話してんの、そしてなんちゅー場に居合わせちゃったの私…!

固まって動けないでいると、石橋さんの声が聞こえてきた。


「…いや、無理だよ」


カタン!!


『ぁ…ッ』


無理だよ。
石橋さんのその返事にショックを受けて、私は手にしていた箒を落としてしまった。


「え、」


中の3人が一斉にこちらを向く気配がした。
私は急いで箒を拾う。
都築さんが少し開いた扉を全開にした。


「名無しさん!」
『あ、いや、あ、あのっ』

気まずいっ…!


『あの、ごめんなさい、私その、盗み聞きするつもりじゃっ…!』


パッと中を見ると、驚いた顔の3人が。


『ご、ごめんなさい!』


いても立ってもいられず、私はすぐその場を後にした。
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