ダイアモンド・クレバス

□痛みと云う鎖
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朝日に輝く部屋。

目が覚めて忘れてしまったけれど、とても懐かしい夢を見た。

いうなれば、兄が、兄であったころの。


「そろそろ稽古の時間かな」


布団から出ると身仕度を済ませ俺は弓道場へと向かった。

時刻はまだ五時半過ぎ。

誰もいない弓道場はいつもより静かで、なんだか新鮮さを感じた。

俺は自分の弓を手に取ると静かに的に向かって射る。

風を切る音が、弓道場に響いた。


どれだけそうしていたのだろうか。

不意に出入り口の扉が開いた。

目を向けるとそこには自分の兄で三男の祐哉兄様が立っていた。


「お早う御座います。今日は随分と早いのですね」


手元を中断させてそう言うと、兄様は苦笑いを零しながら応えた。


「まだ六時前だ。愁哉が早過ぎるだけだよ」


そうだ、今日はいつもより三十分も早く弓道場に入ったのだった。


「失礼しました、この時間に弓道場に入るのは久しぶりでしたので…」


少し気まずそうに目を反らし、歯切れ悪く言うと兄様は困ったように笑った。


「そんなに畏まるな、俺が悪いことをしたように見える」


祐哉兄様は俺より一つだけ上なのに、とても落ち着いていて優しい方。

俺はそんな祐哉兄様が大好きだ。


「すみません、つい癖で…一緒にどうですか?」


そう言って俺は兄様の弓を差し出した。


「そうだな、愁哉が早起きするのも珍しいことだし、たまには一緒に引くか」


そう笑って祐哉兄様は俺の隣に並ぶ。

祐哉兄様と一緒に弓を引くのはいつ以来だろうか。

もうずっと昔過ぎて思い出せない。


「その言い方だと、まるでいつもは俺の起床が遅いと言っているように聞こえますよ?」


笑って返すと、兄様もまた笑った。


同じ腹を割った兄弟なのに、どうして兄と自分じゃ程遠い差があるのだろうか。
それはいつも自分の中にある問い掛けだった。


「やはり愁哉は弓道の才能があるよ」


急に兄が口を開く。
それは嫌味などではなく、本心から俺を褒めている。

兄様は昔からそうだ。

俺を咎めたことなど一度もない。寧ろ褒め立てることの方が多く、決して俺に無理をさせようとはしない。

時々、そんな兄の気持ちが羨ましくもあり、同時に疎ましくもあった。







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