ダイアモンド・クレバス
□終わらない夢
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なんだか身体中が痛い。
少し寝過ぎてしまった。
熱はもう下がっただろうか。
外からは静かに月明かりが射し込んでいる。
「──祐哉兄様…」
俺は自分の胸元を見て呟いた。
シャツのボタンが開かれている。恐らく開いたのは祐哉兄様だろう。
間違いなく見られた。
首筋から広がる、無数の所有印を。
これは俺が玖哉兄様の玩具だという証。
あの夜に付けられた。
俺はその痕を隠すように、そっとシャツのボタンを留めた。
琉哉兄様にも鷹矢にも祐哉兄様にも気付かれた。
玖哉兄様と何かあった事を。
これ以上隠し通すのは無理かもしれない。
でも核心に触れられたくないから、必死で避ける。
──玖哉兄様を。
「喉、渇いた」
これ以上は考えたくなくて。
布団から起き上がり部屋を出る。時刻はまもなく七時。
そろそろ夕食の時間のはずだ。
行かなければ玖哉兄様に叱られる。
歩く度に節々が痛むが今は構っていられない。
階段を下りて蓮の間に向かう。
丁度菫の間の辺りで幼い頃から俺を世話してくれている、使用人の冴子さんと出会した。
「愁哉様!?まだお休みになっていて下さい!食事なら部屋に運びますから!」
冴子さんは俺を見つけるなり慌てて駆け寄ってくる。
冴子さんが知っていると言うことは、もうみんな知っているのだろう。
高校生にもなって体調管理を怠った自分が、今更になって情けなく思えてきた。
「大丈夫ですよ、暫く寝て楽になりましたから」
宥めるように言っても、冴子さんは疑いの眼差しを残したまま引き下がろうとはしない。
……厄介な人に見つかった。
「大丈夫じゃありません!愁哉様はそう言っていつも無理をなさるんですから」
核心を突かれて、俺は苦笑いを零すしかなかった。
兄たちに追い付きたい。
その一心でいつも稽古や学業に励んでいるのだから、こんなことで休んでしまっては示しがつかない。
「ほら、自室に戻ってください。今日は祐哉様がお粥を作って下さってますよ」
「祐哉兄様が?」
料理なんてしないのに。
それ以前に家には板前さんがいるのだから、わざわざ祐哉兄様が用意をしてくれる必要はない。
「ええ。愁哉様の為だと言って張り切っていましたよ」
優しく微笑みながら冴子さんはそう返した。
本当に情けない。ここまで兄に迷惑を掛けて。
「ですから、その気持ちを無駄にしないためにも、しっかり休んで回復させて下さいね」
結局、冴子さんの威圧に負けて俺は部屋へと押し戻されてしまった。
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