ダイアモンド・クレバス
□愚かなる賢者たち
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目が覚めて、最初に見たのは見知らぬ天井だった。
「……ッ…──」
それと同時に襲ってくる鋭い腰の痛み。
「…夢じゃ…ない…」
打ち砕かれた淡い期待。
夢であればと期待した。
「祐、哉…兄様…」
そう云えば弓道場で別れてから一度も顔を合わせていない。
きっと不審に思われているはずだ。
祐哉兄様には胸の鬱血印も見られているのだから。
「…今更…」
隠しても仕方がない。
でも、自らそれを告白する勇気など持ち合わせてはいない。
自分は、どうすればいいのだろうか。
答えのない問いを俺はひたすら自らに投げ掛け続けた。
「…ぅ…ッ…く…ン…っ…」
必死に耐え抜いた涙でさえ、唇を噛み締めても俺の意志など関係なしに、止め処なく零れ落ちる。
「…ッ…ぅ……えっ──…」
けれども、その涙を止める術を俺は知らない。
一人玖哉兄様の部屋で、俺は堰を切ったように泣いた。
声を押し殺すことも出来ずに、ただ泣き続けた。
わからない。わからないんだ。
玖哉兄様が、俺が。
ただ苦しくて辛くて。
躯が、心が痛くて。
だから、その声を聞かれていたなんてことに気付けるはずもなかった。
「──俺は……」
どうすればいいのか。
守ってやることも救ってやることも出来ない。
「……無力、だ…────」
たった一人の弟をすら安心させてやれない。
「…愁、哉……」
ただ拳を強く握り締め、目を伏せた。
玖哉兄様の意図がわからない。
これほどまでに愁哉を傷付けて。
あんな痛々しい愁哉を見ていることなんて出来ない。
だって俺は見てしまったのだから。あの胸の所有印を。
あれは明らかに玖哉兄様が付けたものだ。
でも…黙っていることが愁哉のためなら俺は何も言わない。
たった一人の弟のためならば。
それでいいのか───?
本当にそれで愁哉は救われるのか──?
こんなとき、どうすればいいのかなんて誰かに教えてもらえるはずもない。
情けなくてまた自嘲気味た笑いが零れた。
今、俺がすべきこと。
それを最大限やるしかない。
「………守るよ、──」
お前の笑顔も、全部。
決意なんてものはない。
兄様に壊させるわけにはいかないんだ、愁哉の優しい笑みを。
まるで誓いのような言葉を胸に浮かべ、俺は気付かれないようにその場を後にした。
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