ダイアモンド・クレバス

□点と線
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「また、だ…──」



見上げれば、変わらぬ天井。
ここは玖哉兄様の部屋。



「…俺…どうしたんだっけ…」



目が覚めて、夢ならばと云う期待を裏切られて。
そのまま泣き疲れて眠ってしまったんだ。

兎に角早くこの部屋を出よう。

もう日も落ちて外は月が高く昇っている。
いつ玖哉兄様が帰ってきてもおかしくはないのだから。


身なりを整え、早々に兄様の部屋を出る。
自室に向かおうと廊下を曲がれば見知った顔が見えた。



「あら、愁哉様」


こんな時間に仕事だろうか。
洗濯籠を持った冴子さんがいた。


「珍しいですね、玖哉様の御部屋にいらっしゃったなんて」


兄様の部屋にいたと、自分は告げていないのになぜわかったのだろうか。
問い掛けようと口を開いてから、この廊下の先には玖哉兄様の部屋しかなかったことに気付く。


「ええ、少し御部屋をお借りしていて…礼を言いたいのですけれど御存知ありませんか?」



本音を言えば礼など言いたくない。もとより会いたくもないのだが、冴子さんにそれを告げるわけにもいかない。
話を切り替えるために兄様の所在を尋ねれば、申し訳なさそうに知らないと返された。


「いえ、それならば明日にでもお伺いします」



なるだけ笑顔でそう言ってから、冴子さんの抱えている荷物に目がいった。
あまり多くはないとはいえそれなりの量を抱えている。



「半分持ちます」



そう言って荷物を受け取ろうとすれば、冴子さんは少しの間静止してから笑った。



「ふふっ、愁哉様に持たせるほど重たくはありませんし、そんなに力も弱くありませんよ」



それは遠回しに俺に力が無いと言っているのか。
少し悔しくなって悪かったですね、と嫌味を告げると彼女はそんなんじゃありません、とまた笑った。



「愁哉様にそのような真似をさせるわけにはいきませんよ。それにそんなこと…バレたら琉哉様や玖哉様に叱られます」



琉哉兄様は物凄く過保護だから多少は小言を言われるかも知れない。
けれどもなぜ玖哉兄様が出てくるのだろうか。



「玖哉様は愁哉様を大切にしてらっしゃいますから」



思ったことが顔に出ていたのだろう。
冴子さんが問うより先に言った。

なぜみんなそればかりを口にするのだろうか。
冴子さん留架さんも。
そんなことあるはずもないのに。

いつも言いたくなる。
本当に大切に思っているのならば手酷く扱ったりはしないと。
別に琉哉兄様のように心配してほしいとは、祐哉兄様のように優しくしてほしいなんて願わない。
ただそれなりに、昔みたいに普通の兄弟でありたいと切実に願うだけ。



「大丈夫ですよ、これは私の仕事ですから。」



思いに耽っていると冴子さんの声が響いた。
最近、玖哉兄様の話題に敏感になりすぎている。
それが少しだけ悔しい。



「わかり、ました」



動揺を悟られないように応える。
愁哉様はお休みになられて下さい、と言われてしまえば引き下がるしかない。
それでは、と短く挨拶をしてから自室へと踵を返した。









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