ダイアモンド・クレバス

□浮上する眼差し
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騒がしい教室。
いつも以上に元気な鷹矢の声をぼんやりと聞きながら、頭の片隅では昨夜の冴子さんの言葉を思い出していた。


『玖哉様は愁哉様を大切にしてらっしゃいますから』


みんな言う台詞。
俺にはわからない。

結局今朝は玖哉兄様にお会いできなかったから、まだ礼を告げていなかった。
帰ったら必然的に玖哉兄様と顔を会わせなくてはいけないと思うと、少し憂鬱な気分だ。



「─…でさ、今度仁が…って愁哉聞いてる?」



仁さんとのことを嬉しそうに語っていた鷹矢の声が耳に届かないくらい、自分の世界に入り込んでしまっていたようだ。



「あ、ごめんなさい…聞いてなかった」



慌てて謝ると、鷹矢はふわりと笑った。
……鷹矢みたいに恋人同士だったら、考え方ももう少し変わったのかもしれない。
そうしたら──


「──…うそ…」



俺、今何を考えてた?
恋人──?
犯された相手と。

信じられない。
あれだけ軽蔑したくせに、恋人だなんて。

俺は兄様なんて好きじゃない。
頭の考えを振り切るようにぎゅっときつく目を瞑って、また鷹矢を見つめ返した。



「ごめん、続けて?」

「そう?…でな、昨日なんて…──」



違う、有り得ないよ。
第一俺は兄様が怖い。
でも、…嫌いじゃない。
嫌いになりきれないんだ。
兄弟なんて赦されない。



「………ッ……」



兄様は俺が嫌いなんだよ。
でなきゃ抱かない。
けれども逆に考えてみれば。
嫌いな相手を、それも血の繋がったしかも弟を組み敷いたりするのか?

誰か教えて。
俺の内にある矛盾と云う名の答えの意味を。



「……愁哉さ、玖哉兄様と何かあった?」



唐突に切り替えられた話題。




「──…え……」



一瞬何を言われたのかわからなかった。
だから、唇から零れたのはあまりにも情けなく、小さな声だった。

まさか鷹矢が俺にそれを問い掛けるとは思わなかったから。
頭の、心の片隅で鷹矢に甘えていたんだと思う。
彼ならきっと、黙っててくれるだろうって。

だって、鷹矢は、優しいから。



「言いたくないならこれ以上は聞かないよ。…でも」



真っ直ぐに俺を見据えて。
それはさっきまで嬉しそうに、仁さんとのことを話していた鷹矢の顔ではなくて。



「でも、愁哉は誰かに聞いて欲しそうだから」



長谷川鷹矢と云う一人の男の、俺を甘やかせてくれる大切な友人の顔だった。



「…ホントは、誰かに聞いてほしいんだよね?」



優しい笑みを浮かべてそう問い掛けた鷹矢の顔を、俺は忘れることはないだろう。









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