ダイアモンド・クレバス

□痛みと云う鎖
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「今日はここまでにしておくか」


ただ黙って弓を引き続けていれば、時間は六時を少し回ったところ。
そろそろ朝食の時間だ。


「そうですね、じゃあ弓を片付けてから行きますので先に行ってらして下さい」


そう告げると祐哉兄様はありがとう、と俺に言い弓道場を後にした。


正直、今は胃に何も入れたくない。
そう告げることが出来ればどんなに楽か。
弓を引きながら何度もそう考えた。でもそれは日本食文化のしきたりとしてあまり好ましくない。体調が悪いのならば、祐哉兄様は許すだろう。

けれども、あの方はそれを許してはくれない。


「はぁ…」


数日前のことを思い出し、俺は深く溜め息をついた。


出来ればここにいたいが、そろそろ行かなければ祐哉兄様に怪しまれる。

俺はそっと弓道場を抜けた。




長い廊下を歩きながらも考えるのはあの人のこと。

萩之内家始まって以来の秀才、玖哉兄様…──

弓道の腕前はもちろんのこと、剣道も茶道もお手のもの。
俺はそんな玖哉兄様を尊敬し、慕っていた。

なのに、あの人は俺を無理矢理陵辱した。

思い出せば身体が震えるほどの恐怖。

男同士で兄弟なのに。

そう言ったって兄様はやめてくれなかった。
それどころか不適な笑みを浮かべて、『玩具』だと言った。

それがまた苦しくて。

あんなに大好きだった兄に退屈凌ぎに犯されて、俺はただ泣き叫ぶしかなかった。

懇願する相手が自分を犯している兄であろうとも。




また何度目かわからない溜め息をついたとき、不意に後ろから腕を掴まれた。


「なっ……玖哉…兄、様…」


振り返ればそこに立っていたのはここ数日間避け続けた兄で。

俺の身体は一瞬で強張った。


「…お前は挨拶も出来なくなったのか?呆れたものだな」


その言い草に腹が立ち、俺は皮肉をこめた挨拶を返した。


「朝からあなたの姿を見られるとは思っていませんでしたので、幻かと思ってしまいました。失礼でしたね、お早う御座います」


俺の態度が気に食わなかったのか、兄様は壁に俺を押し付けて拘束すると耳元でこう言った。


「随分な態度を取るな…この前はあんなによがっていたのに」

「…ッ」


最低だ。無理矢理犯したのは兄様なのに、まるで俺が喜んでいると…?

そんなの、


「あなたの思い違いでしょう?…俺はもう、あなたを兄だとは思わない」


言い切ってやった。
たとえまた玩具のように犯されようとも、俺は言わずにはいられなかった。


「愁哉……」


俺の目に見えたのは怒りを含んだ兄様だった。








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