ダイアモンド・クレバス
□痛みと云う鎖
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「──」
話がある、と琉哉兄様の口から告げられて、もうすでに五分は経過している。
その間も、俺は兄様の顔に視線だけを向けて黙ったまま。
──俺はこの家で、唯一好まないのが琉哉兄様だった。
理由なんてない。恐らく琉哉兄様も同じだろう。
祐哉には優しく、愁哉には更に優しく。
俺にだけ態度が違うのは目に見えてわかっていた。
それが、愁哉を犯したからかどうかは定かではないが。
「……俺の言いたいこと、わかるよね?」
静かだった空気を裂くように、兄様は口を開いた。
ここでわかると言えば、琉哉兄様の気が収まるのか。
──そんなはずがない。
「─わからない、と言えば…あなたはこの会話を切り上げてくれるのですか?」
少し鼻にかけた笑いを零しながらそう言えば、琉哉兄様は酷く冷たい顔で笑った。
「玖哉が、愁哉に疵をつけたことを認めるというのなら、考えなくもないよ」
本当に、掴み所のない人。
この人だけは、いつも感情が読み取れない。
それはこの人が長男であるからか、それとも愁哉に酷く執着しているからなのか。
「…そのようなこと、あるはずがないでしょう?」
答えは後者だ。
兄様はこの家の誰よりも愁哉に過保護で、それでいて優しく、愁哉が一番慕っているのだから。
「あくまで認めない、か…ならもし、愁哉に何かあったら─」
その時は容赦しない。
兄様は真っ直ぐに俺を見つめて言うと、自室へと向かっていった。
愁哉に疵をつけている。
そんなことは、自分が一番よく理解しているつもりだ。
──琉哉兄様に言われずとも。
「ッ─」
唇を噛み締めて目を閉じ、俺はあのときの愁哉の顔を思い出した。
学校から帰ってきた愁哉を、話も聞かずに俺の部屋へと押し込めた。
怯えた目で俺を見つめていた、愁哉。
手を縛るとやめてくれと懇願した、愁哉。
性急に愛撫を施してやると耐えきれず涙した、愁哉。
無理矢理にナカを貫くと叫びながら哀願した、愁哉。
──玩具だと告げれば酷く辛そうな顔をした、愁哉。
どれも俺がことに及んだ所為。
でも、やめてやる気にはなれなかった。
どうしても俺のモノにしてやりたかったから。
男同士で兄弟。
最大の禁忌を二つも犯した。
それでも俺の心は満たされない。身体だけを手に入れても、残るのは虚しさだけ。
なら最後まで嫌われて、憎しみの糧にすればいい。
あとは、墜ちるところまで墜ちるだけ…──
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