ダイアモンド・クレバス
□終わらない夢
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戻ったはいいが、することがない。
とりあえず机に向かう。
授業の予習、復習は済ませてあるし、今は勉強する気になれない。
「…どうしよう」
呟いてから溜め息をつく。
それと同時に傍に掛けてあったブレザーのポケットから、バイブ音が聞こえた。
素早くポケットから取り出してフラップを開くと、ディスプレイには着信の文字が。
発信者は、留架さん。
俺は少し躊躇ったが無視をするわけにもいかない。
通話ボタンを押してから携帯を耳に押し当てた。
「はい、」
『愁哉?』
携帯から優しい声が溢れる。
「そうです。今日はありがとうございました」
留架さんは玖哉兄様の友人。
昔から俺に良くしてくれる。
今は桜美学園で保険医を勤めていて、今日のように時々お世話になることもある。
『いや、俺こそ悪かったな。急な出張と被っちまって。調子はどうだ?一応祐哉にも知らせといたぞ』
留架さんが祐哉兄様に知らせてくれたんだ。
もう一度ありがとうございました、と告げれば留架さんは急に真剣な声色になった。
『…何か、あったか?』
心臓が、跳ねた。
この人が知っているはずないのに、まるで玖哉兄様とのことを見透かされたみたいで。
見られているわけではないのに俺は慌てて頭振った。
「そんなことありませんよ!…ただ、本当に気分が優れなかっただけで…」
そう言うと、留架さんは電話越しにだけど優しく笑った気がした。
『無理はすんなよ?玖哉も心配すんだし』
心配?玖哉兄様が?
──そんなはずない。
俺はただの玩具なんだから。
「そう、ですね」
俺の声は震えていた。
でもそのことを留架さんに悟られたくなくて、精一杯声を張って言った。
『じゃまた明日。元気に学校にきて保健室に顔を出せよ』
そう言って留架さんは電話を切った。
『─玖哉も心配すんだし─』
耳に残るその言葉。
違う、と必死に否定した。
みんな知らないだけだ。
あれだけ慕っていた人に裏切られる気持ちを。
知っていたらそんなこと言わない。
──どうして俺なんだろう。
答えのない問いを、俺はずっと胸に投げ掛けていた。
確かに玖哉兄様は女性が苦手だ。
けれども自分を陵辱する理由が見当たらない。
もうわからない。
どうして俺が玖哉兄様のことを考えなければならないんだ。
辛くなって、目を閉じた。
その後、冴子さんが運んできてくれた祐哉兄様のお粥は、食欲のない胃にも刺激がなくてとても美味しかった。
全部は食べきれなくて結局は残してしまったけれど、その優しさだけで、もう充分だった。
明日は、久し振りに茶を立てよう。
そう考えながら俺は再び眠りについた。
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