ダイアモンド・クレバス
□愚かなる賢者たち
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「…ッ…俺が…愁哉を…」
兄様は本気だった。
本気で愁哉を…──
「まさか…あのときも…?」
『…そのような扱い、さすがに黙っているわけにはいきません。それに、何故責められなければならないのですか』
あのときの弓道場で、玖哉兄様に言い放った言葉。
まさかあの言葉の所為で、愁哉が手酷く扱われたと云うのか?
「そんな…っ」
けれど卑怯だ。
愁哉を手に入れるために手段を選ばないなんて。
そう言われれば、俺が何も言わないとわかっていて。
壁に背を預け、俺はずるずると座り込み頭を抱えた。
そんなのは、ただの自己満足じゃないか。
愁哉のためだと口では言いながら、結局愁哉を傷付けて。
「無知は…ときに大罪、か…」
玖哉兄様の言葉が、酷く胸に突き刺さった。
もう俺が愁哉にしてやれることは、何もないのかもしれない。
俺がしてやれるのは知らないふりをするだけ。
ただ優しい兄で居続けるだけ。
──そんな歯痒いことってない……
俺は愁哉のあの笑顔が好きなのに。
俺の演奏を好きだと言ってくれる愁哉が好きなのに。
それさえも守れないなんて兄として失格だ。
「…だからと言って……」
知らないふりなんて出来るはずがない。大切な、そう、大切な弟なのだから。
無知が罪ならば知ればいい。
彼の人の想いも愁哉の痛みも。
深く関わればそれだけ愁哉に被害が及ぶ。けれども俺にはこうするしか他の術は浮かばない。
彼の人に一番近い人ならば。
何かしら手掛かりが掴めるのではないだろうか、と。
立ち上がり歩みを進めた。
ただ夜空の月を真っ直ぐに見据えて。
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