ダイアモンド・クレバス

□始まりまで
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「愁哉、オレンジでいい?」



暫くして鷹矢はジュースを片手に俺のいる部屋へと戻ってきた。
ベッドから身を起こし、それを受け取ってコップに口付けた。
ひんやりとした液体が喉へと流れ込んで行く。



「今夜は…たくさん夜更かししようか?」



急に鷹矢が言った科白に、俺は少し戸惑った。
どちらにしても兄様──いや、誰かが迎えにくる。
そしたら鷹矢に迷惑が掛かるのは確実だ。
俺は、自ら帰るべきなのではないだろうか。



「……忘れろよ」




不意に響いた鷹矢の低い声と共に、気が付けば俺は抱き締められていた。




「鷹矢…?」

「今日は全部忘れよう?何も考えないで、俺と一緒にゆっくり過ごそうよ」



忘れていいのだろうか。
それでも迎えが来たらと思うと、素直に頷くことが出来なかった。



「──じゃあこうしよ?今日は俺が無理に連れてきたの、愁哉はそれに付き合ってるだけ」



全部俺の所為にしてよ。
鷹矢は笑ってそう言った。



「そんなの…っ」



出来ないよ。
鷹矢は何も悪くない。
悪いのは、全て俺だから。
そう言えば鷹矢はまた俺の頭を撫でた。



「ねぇ愁哉、甘えてよ」



いつだって甘えている。
俺が甘えるから、鷹矢は嫌な思いをするんだ。




「俺はね、お前の笑ってる顔が好きなの…お前が笑ってないと意味ないんだよ?」

「鷹矢はどこまで優しいの、」



俺はこんなにも弱くて卑怯だ。
でもせめて今だけ。
優しい一時を俺に下さい。



「ね、お願い」

「──……う…ん」



だから俺はその甘い誘惑に、誘われたフリをした。







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