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□君が振り向けばいいだけの話
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部屋の入り口から、男女の談笑が聞こえてくる。
それは、十代の良く知る人物の声だった。

「いやあ悪いね天上院君、わざわざ届けてもらってしまって」
「いいわよ、これくらい」

楽しそうな明日香の声と、地上から数メートル上空をフワフワ浮遊しているような万丈目の声。床に広げたばかりのカードの束から、顔を上げ玄関へ視線を投げると、仲睦まじく会話する二人の姿があった。万丈目の手には明日香から借りたのだろう、分厚いハードカバーが握られている。

「私はもう何度も読んだから、気にせずゆっくり楽しんで」
「本当かい?この喜び…とても言葉では表現しきれないよ!」
「ふふっ…もう、万丈目君ったら」

大袈裟なんだから、と明日香が苦笑を漏らす。もちろん、万丈目は本を読めることが特別嬉しいわけではない。憧れの少女と物の貸し借りができることに舞い上がっているのだ。いわゆる「鈍感」というタイプに分類される十代でも、それくらいは良く理解していた。


(アイツら…あんな仲良かったっけ?)
カードを眺めるふりをしながら、二人の様子を盗み見る。
楽しそうに語り合うその姿は、二人を知らない人間が見れば恋人同士のようにも見えるだろう。
良く考えてみれば二人は揃って美男美女、お似合いのカップルなのだ。尤も普段は万丈目がしつこく付きまとっているイメージが強いが。彼らの関係が発展しないのには、万丈目のちょっとズレた愛情表現が大きく災いしているようである。

「………」
十代は、自分の胸の内がモヤモヤと曇りだすのを感じていた。
カードを吟味しようとしても、目は二人の姿を追い掛けてしまう。チラチラと窺うような視線を送っては、雨雲を抱え込む自分に、自分で疑問を抱かずにはいられない。

(オレってこんなに嫌な奴だったっけ……?)
自分の友人同士が友好的なのはとても喜ばしいことのはずだ。
なのに、素直に嬉しいと思えない自分がいる。
アイツと仲が良いのは自分だけでいい、なんて子供染みた独占欲を持つような年齢でもあるまいに。実際、翔と剣山がじゃれあったりどつきあったりしているのを見ても、ただ微笑ましいと感じるだけで、今のような複雑な気持ちにはならない。
一向に正解には辿りつけそうになく、十代は乱暴に前髪を握った。









「面白くなさそうな顔だな?」

悶々と悩んでいるうちに談笑は終わっていたようだ。いつのまにか部屋の中へ戻ってきていた万丈目が、十代の真横に腰を降ろした。その口元は意地の悪そうな笑みを浮かべている。

「……べつに」
思いのほか不機嫌そうな声音になってしまい、十代は内心慌てた。
(これじゃあ思いっきり『面白くない』って言ってるようなもんじゃねーか…!)
十代が危惧した通り、ニュアンスは万丈目にもしっかり伝わってしまったようだ。何かを考えるように形の良い顎を撫で、腕を組むと、さも愉快そうにこちらを観察してくる。

「なっ…なん、だよ…」
見透かすような視線にたまらず非難の声をあげると、万丈目はフン、と得意そうに目を細めた。



「フン…さしずめ、俺と天上院君の親密さに嫉妬でもしたんだろう?」
「……え?」





嫉妬。
その言葉は意外にも、すとん、と違和感なく十代の胸の中に落ちた。
合わせるように、じんわりと熱を持つように広がっていく感情。

「……そっか、オレ…ヤキモチ妬いてたのか」
その感動は、さながら世紀の大発見の現場に立ち会ったかのようだ。
急に目を輝かせはじめた十代を見て、万丈目は訝し気に眉をひそめる。





「……オレ、万丈目が好きだったんだ!!」
「………」
突然発せられた言葉に、万丈目はまともなリアクションができなかった。



「……な…なん、なんだって?」
「オレ、万丈目のことが好きなんだよ!」
「………………………はあ!!?」

……なんだこの急展開!
万丈目が目を剥くと、その反応に十代は不満そうに唇を尖らせた。

「なんだよ、万丈目が言ったんじゃねーか」
「ち、違う!違うそうじゃない!!俺が言いたかったのは…お前が俺に対してだな…!」
自分の台詞が誤解を生んだのだとようやく気付いた万丈目は、慌てて首を横に振る。それもそうだ、彼は「天上院君のことが好きだから、彼女が俺と仲良くしているのが気に喰わないんだろう?」と、そう伝えたつもりでいたからだ。
だが、時すでに遅し。恋心を自覚してしまった目の前の男には何の効果もない。眩しいほどの笑顔で好きだ、好きだと繰り返されるたび、万丈目の顔は連動するように赤くなったり青くなったりした。


「なあ、万丈目の気持ちはどうなんだよ」
「お、俺の気持ち…!!?」
笑顔とは一転、急に真剣な眼差しで詰め寄られ、万丈目はオウム返しをしてしまった。
「万丈目はオレのことどう思ってる?」
「……お、俺は……っ?」
切迫した空気に呑まれ、別に答える義務もないのに、思わず真面目に考えてしまう。

(……って何を流されそうになってるんだ俺は!!)

「なっ…何言ってる!!俺はキサマのことなどこれっぽっちも…!!」
「万丈目顔真っ赤ですげーかわいいんだけど」
「人の話を聞け!!」
「好き、マジで好き…好きだ…大好きだぜ万丈目!」
「だあああっ連呼するな!恥ずかしい奴め…!!」

万丈目の絶叫が夜更け近いレッド寮へ響き渡っていった。













「……天上院君…これ…ありがとう」
「ま、万丈目…君?」

翌朝。貸したばかりの本を差し出してきた万丈目を見て、明日香は声を失った。
万丈目は一晩中悪夢にうなされたような顔をしていたのだ。

「どうしたの…?ゆっくり楽しんでっていったはずだけど…もしかして面白くなかったかしら…」
「いや、昨日はどうも眠れなくて…じゃなくて!本当に楽しかったから一晩で読み切ってしまったんだ」
とても面白かったよありがとう、と苦笑を浮かべ、溜め息を漏らす。
普通の空気の倍は重量がありそうなそれに、明日香は眉をひそめた。

「何かあったんでしょう…?」
確信に満ちた明日香の台詞に、言葉に詰まる。
実際のところ、万丈目が一睡もできなかったのは小説の面白さではなく、熱烈な告白を受けた衝撃と動揺だった。謎の達成感に満ち溢れ、早々に眠りについた十代とは対照的に、万丈目はどうにも寝つけず(一緒に寝ようと誘われたがもちろん固くお断りした)、明日香から借りた小説を一夜のうちに読破しまったのだ。

(……しかし、いくら度胸の据わった彼女でも、共通の友人、しかも同性から告白された話など、聞きたくもないだろう。いや待て。試しに話をして…もし彼女が面白くなさそうな顔をしたり、微妙そうな表情を浮かべたりしたら、天上院君は俺に気があるって、そういうことになるんじゃないか?…だが、こんな話を天上院君の耳に入れるのは流石に気が引ける…!)
万丈目がまごついているうちに、明日香の柳眉が次第に逆立ちを始めた。

「万丈目君、話してくれるかしら?」
「…………は、はい」
あまりに厳しい表情で詰め寄ってくるものだから、万丈目は首を縦に振らずには居られなかった。
どうして俺が責められなければならないんだと、此処にはいない元凶を呪いながら、怖ず怖ずと口を開く。



「十代の奴…バカだバカだとは思っていたが……ついにおかしくなったらしい」
「え?」
「俺のことを……好きだ、とか…言い出して…」
「…………」

そこで言葉を切って、恐る恐る表情を窺う。
明日香は大きな瞳をいっそう大きく開いていたが、やがて花のような笑顔を向けた。

「あら、お似合いじゃない」




明日香と万丈目の中はいざ知らず。十代と万丈目の関係が進展するのは、時間の問題なのかもしれない。



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十→万→明→デュエル

↓(時間の経過)

十→←万 明→デュエル

相互記念に、「深夜祭」の結城優さんに捧げます。
「万丈目が他の人と仲良くしてやきもちを妬く十代」というリクでしたが、結局は普段通りの十万のような…すみませんorz
完成が大変遅くなってしまいすみませんでした!こんなモノでよければお納めください…!
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