太陽と月と十字架と

□つくづくどうでもいい日常とやら
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「…………」

 明かり一つ灯されていない、暗黒に支配された部屋。

 常人であれば、ふとした弾みで、大きな過ちに発展しかねない環境であるにも関わらず、彼女は焦る事も、戸惑う事も、微々たる手違いすら無い。
暗闇に付き添う、沈黙と静寂に習うかの様に、黙々と何かの作業に取り組んでいた。

 それが何なのか、語る者はいなかった。
この部屋には彼女以外、立ち入る事を許されていない。
唯一無二の、彼女の聖域。
彼女のいる部屋が別次元と化し、他人が関与する事の一切が禁じられた、孤独で、孤高の世界であるから。
ただ、廊下に面した扉には、

でんじゃあ

と、お世辞にも綺麗とは言えない字で書きなぐられた、一枚の貼り紙がある。
超難解な理や、神秘等が付与されているわけでもない。
水糊で貼り付けられただけの、弱く脆い、単なる紙切れ。
こんな物があれば、不意に沸き上がる興味本位の衝動など、しょうもない脱力感によって、一瞬にして掻き消されてしまう様な気がしなくもない。

 彼女の行なっていた作業は、どうやら目処が立ったようだ。
相変わらず漂う漆黒の中、大雑把な片付けを済ませる。
最後に遮光用の分厚いカーテンを開いた。
それでも薄布のカーテンは閉じられたままで、部屋の色は変化しない。

 空は深淵たる闇に、宝石の煌きを散りばめた様な、輝く夜だった。
蒼白を帯びた月が、怪しく笑う。

 こんな夜には、月がぽっかりと口を開けて、何千、何万もの生命を掠め取る。
ゆっくりと味を噛み締め、喰い尽くした魂を、体内で魔力に変換し、徐々にその体を紅に染め、魔性の月としての本性を現すのかもしれない……

と、彼女はくだらない妄想を浮かべてみた。
そして苦笑する。

「これで良し……と。あとは朝を待つだけですかね」

周りを見回した後、僅かに漏れだした言葉は、指差し確認に等しい、独り言だった。
過去に何度同じ言葉を呟いただろうか。
いちいち数えたり、覚えているわけではないが、唐突に興味が湧いて、また唐突に脳裏から消えた。

 彼女は極力足音を立てぬようにして、窓際から離れた。
扉の前に立つと、把手を握り、ゆっくりと少しだけ開く。
一切光が入らないことを確認して、部屋を出た。
が、廊下に出たわけではなく、目の前にはもう一枚の扉があった。
今彼女が通過した扉は、自身で設置したらしいが、用途が全く分からない。
並列ならまだしも、直列に設置する必要性などあるのだろうか。
しかし、必要なければ存在する意味も無い。
彼女にとっては、重要な役割を果たす物なのかもしれない。

 扉と扉の間の空間は、大人二人も入れば、窮屈になってしまう程度の広さだ。
ちなみに、内側の扉にも貼り紙があり、

決して勝手に開けないで下さい
死なれても責任は取れません

と、外の貼り紙とは打って変わり、至極丁寧な文字で書かれていた。
やけに気になる文章ではあるが、本当に危険なのか、悪質な冗談なのか。
中の様子が不明確な為に、判断をしかねる。
しかし、彼女の行動から推測すると、先程まで行なわれていた作業は、終始慎重であった為、危険が伴っていたのかもしれない。
最終的には、光によって影響を与えるものと思われる。
が、結局、どのような結果に至るのか、暫く時を待つ以外に、知る術は無いだろう。
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