Novels

□ホリディ
1ページ/1ページ

ホリデイ

「ごめん、待たせた」
そう声を掛けて、私服姿の思い人が私の上に影を落とした。今日は久しぶりに西脇さんと休日が重なり、一緒に出かけることになっていたが、出がけに何かトラブルがあったらしく、遅れる旨のメールがきていた。職種と立場上、緊急で仕事が入ることはよくある。内科医である自分よりも、はるかに。
申し訳なさそうな彼の顔に、自然と笑みがこぼれる。
「お疲れ様です。大丈夫ですか?」
そう声を掛けると、彼は安心したように微笑み、私が本を読みながら腰掛けていたベンチに、腰掛けた。
「あぁ。出がけに梅田が子どもをかばってけがしてね。シフトをちょっと調整してきた。」
「梅田は大丈夫なんですか?」
「ん?ああ。三浦さんに見てもらったから大丈夫だよ。軽いねんざだって。」
私が不安な顔をしたからか、彼は優しく優しくほほえんだ。その笑顔にほっとして、胸がほわっと温かくなる。
「ただ、予定よりちょっと早めに帰らないといけなくなったんだ。」
ごめんねと本当に申し訳なさそうな顔をしてうなだれてしまった彼の、そんな動作に胸がくすぐったくなった。
「いえ、それは当たり前です。気にしないでください。それに……少しでも一緒に居られるだけで、私は幸せなんですから。」
言わずには居られなかった言葉を口にして、自分で自分の顔が熱くなるのがわかった。思わずうつむいてしまうけど、彼は一体どんな顔をしているんだろう。
「ありがとう。俺もだよ。」
こんな時、彼ははっきりと自分の言葉を口にしない。でも、甘い甘い声で囁いてくれる。口べたとか、そんなのではなくて、言葉にすることで伝えたかったことが伝わらなくなることが怖いのだと、聞いたことがある。そんな思慮深さや不安しょうなところまでもが愛しくて愛しくて、公衆の面前だというのに、思わず抱きしめたくなるけれど、そんなわけにも行かず…。
「さぁ、紫乃。これからちょっとだけ遠出しようか。」
一人ぐるぐると恥ずかしいことを考えていると彼が目の前に見慣れない形のキーホルダーを落とした。
「?これは…なんですか??」
「車のキーだよ。今日はこれからドライブに行こうと思って。」
制限時間ができちゃったから、そんなに遠出できなくなっちゃったけどね、といいながら、まっすぐ正面を指さす。そこには彼が好きそうな、シンプルなフォルムの銀色の車がきちんと駐車してあった。
「西脇さんの運転ですか?」
「そうだけど……嫌?」
「そ、そんな!!むしろ、とてもうれしいです」
彼の悲しそうな声に急いで顔をあげると、いたずらっ子のような目をした彼と目があった。どうやら、私は騙されたらしい。
「そう、よかった」
何か言い返そうと思ったけど、その笑顔にまた何も言えなくなってしまって、私は一足先に、ベンチから腰を上げた。
「あ、待って…」
それに続いて、彼が追いかけてくる。そして、追いつくと耳元で、そっと囁いた。

休みの日は…名前で呼んで。紫乃。




---------------
ということで、終わりです。お休みの日の西脇さんと紫乃さんってどんなかな…と思って妄想してみました。ベタベタですね(笑)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ