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□ほのう、ゆれる
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ほのう、ゆれる

「なんで人間って、こんなことしようと思ったんでしょう」
自室のソファーで、TVを見ていた橋爪は、ふとそんなことを思った。
「ん?どうしたの??」
隣ででコーヒーを飲みながら今日の報告書を作成していた西脇が、書類から顔を上げた。今日は珍しく、西脇も、橋爪も、時間どおりに仕事を終え、自室でくつろいでいたのだ。
「あ、いえ…あれ、なんですけど…」
ついつい声に出ししまっていたことに気付き、橋爪は少しほほを染めながら目線をTVに移した。視線恩先をたどる。と、TVではフィギュアスケートが映し出されていた。女子の演技が終わったところなのか、画面では、きらびやかな衣装に身を包んだ女性が客席に向けてお辞儀をしているところだった。時期的に、なのだろうか。職業柄、結構まめにチェックしている新聞や雑誌などで、最近良く取り上げられている気がする。
「フィギュアスケートね。まぁ、確かに。氷の上を滑ろう、なんて突飛だよね」
西脇はいつものように橋爪の髪の先をくるくると弄びながら目を細めた。
「本当に。昔は今のように氷を作るような技術もなかったはずですし、防寒だってちゃんとできなかったはずですよね。」
うーん、とうなってしまう橋爪の眉間にはいつもは自分のために刻まれるシワが刻まれる。西脇はそんなちょっとしたことにすら嫉妬を覚える。もちろん、そんなことはおくびにも出さないが。
「調べたことはないけど、貴族なんかの娯楽として始まったんじゃないのかな。」
西脇の言葉に、橋爪はきょとん、とする。
「なぜですか?」
「だって、昔は娯楽だってそんなになかったはずだろう?いつ割れるか分からない氷の上で、人間が舞う。恐怖におびえる人間を見て、スリルを味わう…これ以上ないゲームだと思うけど」
ちょっといじわるのつもりで、でも半分本気で、西脇は言った。
死への恐怖は人間を異常な興奮へと導く。こんな仕事についているからだろうか。そんな恐怖とも興奮とも着かない気持ちが、西脇にはわかってしまう。
爆弾が仕掛けられていて、テロが起きて…明日、死ぬかも知れない。数十分後には死んでいるかも知れない。死にたくないと思っても、その恐怖は自分のあずかり知らぬところからやってくるのだから。
死と隣り合わせという恐怖がいつも自分を苛んでいる。
「なんですか、それ。悪趣味です。」
そう言いながら、橋爪はおこっているような、悲しそうな複雑な表情を浮かべた。
「人間が死ぬ…なんて恐怖は、辛いことはあっても、面白いことは有りませんよ。」
そう、特に近しい人の死は、分かっていても、突然だったとしても…。
もうすぐ死ぬとわかっているのに、何もできない。一緒に苦しむこともできない。
死と隣り合わせだと分かっているのに、止めることができない。一緒にいることも、叶わない。
結局、自分にできることといえば、無事を祈り、帰りを待つこと。
待っていても帰ってこないかも知れない人を。
「紫乃…?」
「はいっ…えっ??」
ふっと西脇の顔が近づいてきて、ほほに少しかさついた西脇の唇があてられた。
「ごめん、泣かないで、紫乃。」
少し困ったように、西脇が耳元でつぶやいた。
言われて初めて、橋爪は自分が泣いていることに気付いた。
「あ…すみません」
恥ずかしくなって、恥爪は体を離そうとする。が、西脇の強い力に引き戻されてしまった。
「に、西脇さん??」
「さっきの話、半分ほんと。でも、今は半分ウソ。」
「半分…??」
「昔は四六時中恐怖と隣り合わせだったから、それが普通だったんだ。だから、怖くもなかった。」
「…今は?」
橋爪は、西脇の腕の中でおとなしく続きをまつ。
「今は、紫乃が居るから。紫乃と一緒にいたいと思うから、死ぬのが怖い、って、そう思うよ。」
(できることなら、この腕の中から一生出さずにいれたら…なんてね)
それが叶わぬ願いだとわかってはいるけど。
この腕の中で、どんなものからも守るのに、と…。
ぎゅっと、橋爪を抱く腕に力をこめる。橋爪も、おずおずと西脇の背に腕を回し、抱きしめ返す。
「私は守られるだけは嫌です。西脇さんほどではないですが、私にだって誰かを守る力はあるつもりです。」
死に迫った人に、なにかできるように医者になった。
死に迫る前に、なんとか生きる道へとむかえるように、その手助けができるように、この力をつけたのだ。
「だから、私にも守らせてください。あなたが私がいるから恐怖を感じるというなら、その恐怖から、私が守ってあげますから」
あれ、矛盾してます?と苦笑する橋爪の唇に、西脇は触れるだけのキスを落とす。
瞳をあわせ、どちらからともなくほほえむ。
二人はもう一度、深く、深く、唇を重ねた。

外ではちらちらと白雪が。
もしも、フィギュアスケートが、本当に娯楽として、生まれたのだとしたら。
氷の上で躍る彼らはどんな気持ちだったのだろう。

死への恐怖は裏返せば、生への渇望。

そんな感情が彼らの踊りに色を与え、見る者を魅了したに違いない。

私が…あなたのそんな姿に魅了されたように。


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題名と内容が一致していない気がしますが…。そして意味不明。いつものことながら。。。
おつきあい、ありがとうございました。

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